科学エッセー(42)一流は高度な知力と感性を持つ

サイエンス(科学)は環境(自然界や社会)に存在する様々な事象の成り立ち(構造)や働き(機能)を客観的に体系化し,さらに,得られた理論や知識を用いてテクノロジー(科学技術)を進展・創造することによって,人々の生活を物質的に豊かにした.

 

それに対してアート(芸術)はヒトの内面にある喜怒哀楽等の情動の働きを文学,絵画,彫刻,音楽,映画,演劇などに音や形として表出し,それを読んだり,観たり,聴いたりする者に共通の感覚を抱かせ,芸術文化を発展させた。

 

スポーツや体育はサイエンスやアートを享受する基礎となる健全なからだをつくり,身体活動を通じて心身の高度な活力を育み、スポーツ文化を進展させた.

 

これらサイエンス,アート,スポーツの3分野は大脳の構造や働きからもその関連性が理解できる.

 

例えば,大脳の働きは3つのセクションに区分される.頭頂部に位置する①大脳新・古皮質は,高度な知的活動(記憶,創造,言語等)を司り,“よく生きていく(grateful living)”ための随意的な働きを担っている.

 

その下部の②大脳辺縁系(旧皮質や間脳の上部)は情動脳とも呼ばれ,感情(喜怒哀楽等)をコントロールし“逞しく生きる(forceful living)”ための働きを司り,さらに,その下部の③脳幹脊髄系(間脳の下部,橋,中脳,小脳,脊髄等)はヒトが“生きていく(survival living)”ための不随意的働きをしている.

 

これらの3つの器官は相互に密接に関連・補完し合いながら機能しているため,機能的には一線を引くことはできない.

 

永田勝太郎(『脳の革命』)は,動物の大脳の発達状態から,ヒトやチンパンジーなど高等動物に特に発達している大脳皮質を “ヒトの脳”,喜びや悲しみなど感情の表出に関与する大脳辺縁系を“ネコの脳”,生命維持や子孫繁栄を司る脳幹脊髄系を“ヘビの脳”と呼んだ.

 

筆者が大学に入学して初めて受けた「教育学」の授業で、I教授は「体育学部の学生は出席率が低く授業態度も悪い.当然のように期末試験も悪い.スポーツ選手がこれから上のレベルを目指すならば学問と真剣に取り組まなければならない」と話した.

 

残念ながら筆者も認めなければならないが,半世紀前の体育学部生は不勉強であった.しかし,今日では,絶えず大脳に知的な刺激を与えなければ高度な競技力の水準まで高めることが困難な時代になっている.

 

マーフィーとホワイト(『スポーツと超能力』)は,昔スポーツ選手たちは頭の鈍い腕力の獣であるとみなされてきたが,サン・ホセ州立大学の心理学のオーグルビー博士の総合心理テストの結果では,あらゆる主要なスポーツのチャンピオンたちがすべての質問項目で高い順応性を持ち,機知に富み,物事に精力的取り組み自らの行為に対して責任を持って対応する能力があることが分かった。

 

特に優れたスポーツ選手は高い記憶力,頭脳明晰な判断力,集中力とその持続性,創造力等に優れ,知的能力と感情コントロール能力にも長けていたと述べている.

 

先に日本で行われた世界ラグビー選手権大会を観て,鍛え抜かれた無駄のない連携プレイや、あたかも後ろに目があるかのように後方選手への正確なパス,一糸乱れない隊形とチームワーク等々,トレーニングだけでは鍛えられない知的で感性に基づく高度な瞬時の判断の正確性に魅了された.

 

同じオープンスポーツであるプロ野球では,投手が投げたボールが約150km/hを超えるようなスピードでは、ボールをよく見てから打つか否かを判断していては振り遅れる.エリート選手は投手が次にどんなボールを投げるかをおおよそ予想している.

 

またサッカーでは,相手がシュートしてからキーパーがボールを阻止しようとしても間に合わない.どんな体勢からどこへシュートするかを読んで動きを開始しなければボールを阻止することは難しい.阻止を可能にするためには予測予知などの感性や経験則を高めておく必要がある.

 

スポーツ指導者は選手の動きの美しさや巧みさ,バランス,安定性,正確性,素早さ,耐久性等を観察し,経験知や感性知を基に指導している.

 

また,スポーツ研究者は科学的測定機器を駆使して体力や動きの効率性(経済性)を,また高速度カメラやビデオから得た画像をコンピュータ解析し,美しさや動きの合理性を追究している.幸いこれまでの研究では,科学的知見として得られた効率や合理性は,感性で得た美しさや巧みさと相互に不即不離な関係を保っている.

 

従って,上を目指す選手は自分たちに関連するスポーツの学術書を読むことで最近のトレーニングに関する情報や知識を,また芸術を鑑賞することによってヒトの動きやリズムをそれぞれ学習し,スポーツに必要な眼力を養成しなければならない.

 

サイエンスやアートから得た知識や感性をトレーニングに取り込むことがスポーツ成績を高めるか否かはわからない.しかし,天才でなければ,これらの知識や感性を高めることがエリート選手になる条件であるとは言える.

The following two tabs change content below.
山地 啓司

山地 啓司

1965年卒 立正大学法制研究所特別研究員 
プロフィール詳細
山地 啓司

最新記事 by 山地 啓司 (全て見る)