陸上競技のルーツをさぐる58

「ハンマー投」の歴史<そのⅠ>

「ハンマー投競技」の前史

「ハンマー投」は文字通り、柄のついた実用の「ハンマー」を競技として投げ合う種目です。しかし、他の投てき種目と「ハンマー投」との大きな違いは、投げる物体を自分の手から直接投げ出すか、投げやすくするための仲介物を付けて振り回しながら遠心力を利用して投げるかにあります。

人類は石塊や金属塊を投げる際に、縄や紐などを巻き付けて振り回して投げると遠くに飛んでいくことに気が付き,さまざま形を工夫して重量物を投げてきました。しかし、この投法では遠くに投げることはできても、狙った標的に正確に投げることができないことが弱点でした。

「ハンマー投」の原点には二つの流れがあります。一つは、大きな動物を捕獲する時や戦場で大軍を相手にする場合に、重いものを小さい力で投げつける手段として発達した手段です。二つ目は、農工具など実用の諸道具を使った「投げくらべ」や「力くらべ」を行っていた流れをくむものです。

後者は特に、重いものを振り回して投げる動作そのものが成長期の男性の身体形成に役立つことや、若者の体力自慢の一つとして世界各地で各種の「投げくらべ」が行われてきました。

例えば、「大槌(sledgehammer)」・「鉄槌(hammer)」・「斧(axe)」・「車輪付き車軸(axletree)」などを振り回して投げたり、手首だけを使って投げ合ったりする競技がありました。石や金属塊に紐・縄・革紐・鎖などを巻き付けて、穴をあけて縛り付けて投げ合ったとの記録もあります。

こうした競技のようすについては、「砲丸投」と同様、紀元前1829年、アイルランドのタラの村で行われた「チィルティンのゲーム」についての民話を書いた『レインスターの本』の中に見られます。

この書によれば、タラの村で「ロスクレアス(車輪投げ)」と呼ばれる「車軸(a fixed axle)」の投げくらべ行事があったそうです。当時、アイルランドのヘラクレスと呼ばれたクチュレインという力持ちの男が回転させて投げ飛ばしたところ、他の仲間の落下地点を大きく上回ってはるか空中へ飛んでいったというのです。

この種の競技は世界各地で農耕器具や「鍛冶屋のハンマー(blacksmith’s sledge hammer)」を投げ合うイベントとして、広く行われてきました。

 

近世以降の英国での様子

近世以降の投てき種目の様子は、1801年のJ・シュトラッツ著『英国民衆のスポーツと娯楽(The Sports and Pastimes of the People of England)』の中に、英国の民衆が古くからのスポーツや娯楽を楽しんでいる場面場が詳しく紹介されています。

これによると中世の作家たちは、しばしば「棒投げ(tossing barre)」が若い勇士の教

育の一部として行われていたことから書き起こしています。16世紀の詩人たちも、王子たちの教育手段として「石投げ」や「棒投げ」「釣り糸の重り投げ(plummet)」の練習が推奨されていたことについて述べています。

英国王エドワードⅡ世(在位1307~27年)は、この種の競技を奨励したことで知られています。この時に使われた投てき用具は「大槌のハンマー(sledge hammer)」や「車軸の木棒(axletree)」などでしたが、人びとが投てき競技に熱中し過ぎて「弓の練習」を行わなくなります。その子のエドワードⅢ世(在位1327~77)が1366年、「投てき禁止令」を発令したことは、砲丸投の項で触れた通りです。

当時のハンマー投の様子は、1887年に著されたM・シャーマン卿の『陸上競技とフットボール(Athletic and Football)』の第1ページ、ヘンリーⅧ世(在位1509~47年)が宮廷内で多くの廷臣を従えてハンマーを投げている図によってうかがえます。

17世紀に入ると、市民や農民が盛んに行っていたハンマー投の人気は下火となり、趣味として楽しんでいた貴族階級からも忘れられてしまいます。1622年にH・ビーチャム卿が著した『完全なる紳士(The Complete Gentleman)』の中で「ハンマー投は兵営の近くで兵士たちの訓練の手段として、また王族を守る近衛兵たちの娯楽として細々と行われるものに過ぎなくなっていた」と記録されています。

(以下次号)

写真や図版の説明と出典

  • 「Slinging<昔の武器である投石器>(8世紀)で投げる様子」『The Sports and Pastimes of the People of England (英国民衆のスポーツと娯楽)』(1833)Joseph Strutt著 p72(T.T. and J. Tegg社)<(注)数百枚の各図版とも、それぞれに絵具で彩色されている>
  • 「(Manner of Holding the Sling)指先に掛けた紐で重りを振り回しての投法の図」『同上書』p73
  • 「英国王ヘンリーⅧ世が宮廷人を従えて「ハンマー」を投げている様子」『Athletics and Football (The  Badminton Library Sports & Pastimes) 初版本』Sir Montague Shearman著 (1887)p3 (Longmans Green, and Co.)
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岡尾 惠市

岡尾 惠市

1960年度卒 立命館大学名誉教授
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