エッセー(30)ケニア選手はなぜ強いのか?

1960年ローマ五輪のマラソンで優勝したエチオピアのアベベ選手は,直後のインタービューで「エチオピアには私のような選手が大勢いる」と話した。半信半疑ではあったが,高所民族の中にはとんでもないスタミナをもった選手がいるものだと世界が驚いた.

 

ところが、近年のマラソン界の勢力を2分するケニア選手の国際舞台への登場は、エチオピアに比べ30~40年遅い.毎年発表される世界マラソン50傑には1992年まではケニア人選手はわずか3~4名しかいなかった.しかし,その後はうなぎのぼりに増え、2003年以降は30~35名が名を連ねるまでになった.エチオピアに後れは取ったものの,今世紀に入ってからは質・量ともに世界のトップを走っている.

 

そんなケニア選手のマラソンでの活躍の要因に科学的メスを入れたのが、スウェーデンのサルティン博士の研究グループである(1995).ケニア選手の強さに関する彼らの科学的(生理,生化学,体型,生活習慣等)調査・研究では,ケニア選手がスカンジナビア人選手よりも優れている点が

  1. 登校距離が長いこと
  2. 脚が細く長いこと

の2つであると報告した.

 

その後多くの研究者がより細部にわたって調査・研究を行い,ケニア選手の強さは低地民族に比べエネルギーの出力の大きさではなく,ランニングの経済性にあることを明らかにしている.その要因を追求してみよう.

 

1980年代に入って,人類の起源であるホモ・エレクトスの子孫がケニア,タンザニア,エチオピアの赤道直下の国々で次々に発見され,100年前にダーウィンが予言した「人類のアフリカ起源説」が正しかったことが証明された.

 

ハーバード大学のリーバーマン博士は『人類600万年史 上・下』の中で,当時のケニア人は狩猟による動物の肉を主食としていた.当時の狩猟は汗腺の発達の未熟な動物が疲労と熱中症で倒れるまで歩いたり走ったりしながら,大型の肉食獣を避けながら追跡するものであったと述べている.

 

すなわち,彼らは600万年前からすでに日常生活の中でマラソントレーニングをしていたと考えられる.厳しい生活環境の中で何百万年もの間生き延びてきた現代のケニア人は,体力と知恵,そして運に恵まれた種族や家系と言える.

 

現代のケニア人は経験知や環境・生活への適応を身体知と身体能として代々受け継いでいる.

 

身体知はランニングのリズムやペースにみられる.動物を追跡するとき動物のスピードは一定ではないので,追跡する方もそのスピードに合わせなければならない.また,ケニア人の生活環境はほとんど舗装されていない道や上り下りやカーブに富む不整地であったため,自然にスピードの変化に適応した走りが身に付いている.そのためレース中のケニア人のペース変動の振幅は大きい.彼らはこのリズムに馴れ,これが自然なのである.

 

一方、日本人ランナーはあらかじめ計画した400m何秒のペースを守りながらインターバルトレーニングを繰り返したり,1㎞何分のペースを頑なにキープしながら走るトレーニングをしている.そのため,ペースリズムの変動は小さく安定したペースに馴れている.ケニア人がペースメーカーを務めると日本の選手は異口同音に走りづらいという.ケニア人と日本人のランニングリズムが異なるためである.

 

身体能は形態にある.日本のマラソン大会で先頭集団を走っているランナーを観ると,ケニア人選手の身長は概して日本人選手よりも高い.サルティンら(1995)の調査ではスカンジィナビア人とケニア人の身長の高さはほぼ同じである.日本人と欧米人の身長の差は多くが脚の長さの差であることを考慮すると,日本人とケニア人の身長の差は脚の長さにあると考えられる.

 

スカンジィナビア人とケニア人の脚の長さは同じでも,下腿長はケニア人が長く細い.脚の運動の支点は股関節にあり,てこの原理を考えると支点に近い大腿部やコア(深層筋)の筋肉が発達し,しかも下腿長が細く長い方が下肢を動かす際のエネルギー消費量は少なくて済む.

 

さらに,足の大きさが小さく軽い方が効率に優れている.日本人選手と比べてケニア人選手の下腿長は長く細い.しかも身長に比べ足は小さい.このようなケニア人にみられる解剖学的特徴は脚の振りを速くし,自然にストライドを伸ばす.

つまり,ケニア人選手の形態は低地民族よりも効率よく走るのに適した体型であると言える.

 

脚の骨が細いほど走運動のエネルギー消費量は少ない.しかし,細すぎると骨折のリスクが高まる.それを補っているのが骨の形状である.ケニア選手の大腿や下腿の骨は円柱形に近い.カモシカや馬の脚の骨も円柱形に近く、360度の角度からの外力や体重による上からの圧力に対して抵抗力に富むのに似ている.ケニア人は何百万年もの間マラソントレーニング的な生活を行い,文字通り骨の髄までマラソンに適したからだが形成されているのである.

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山地 啓司

山地 啓司

1965年卒 立正大学法制研究所特別研究員 
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