エッセー(18)モニタリング・トレーニングの必要性
わが国ではスポーツトレーニング中にけがをする人が多くなっているが、トレーニング中にけがが多発するのは世界の先進諸国では例外のない傾向のようだ。欧米諸国では特に、クラブ参加者がけがをすることはクラブ経営に影響することから,安全性には極力注意が払われている.
けが防止の1つの方法がモニタリング・トレーニングである.今日世界のスポーツ界では,日々のトレーニングが年齢・体力・技能に見合った強度や頻度で行われ,競技パフォーマンスの向上に効果的なものであるかどうかに注意が払われている。けがの発生の抑止に適切なトレーニング手順が踏まれ,身体適応に応じた漸増的負荷が付与されているかもポイント。心身の疲労が十分回復する質と量であるかなどを把握するために日々のトレーニング内容や生理・心理状態等を記録する.
さらに,年2回(シーズン前・後)生理的・心理的・バイオメカニクス的テストを実施し,トレーニング効果が十分高まっているかどうかを評価する。それによって、次のシーズに向けてのトレーニング目標・具体的方法等が指導者,選手を含めて協議され,決定事項が共有されなければならない.これらの一連の作業をモニタリング・トレーニングと呼んでいる.
これはわが国で伝統的に行ってきた練習日誌に近似しているが,今日ではスポーツ科学の発展に伴って各種の測定機器や解析方法を採用した客観的データが加わっている.
モニタリング・トレーニングに関する世界的動向を紹介すると,Taylor et al(2012)はオーストラリアとニュージーランド両国の優れたスポーツ指導者100名を抽出し,モニタリング・トレーニングの実施状況に関するアンケートを行っている.
それによると,回収率55%(55名)中で、実施していない5名を除く90%以上がモニタリングを実施している.このアンケートでは①モニタリング実施の目的②日々モニタリングやその解析に要する時間③心身の疲労度の評価,あるいは④パフォーマンステストなどの実施状況が調査されている.
また,Halson(2014)は日々のトレーニング内容をモニタリングすることがパフォーマンス向上に有効であるか,また,実施に当たってどんな問題が生じるかについて箇条書きしている.前者の有効性として①パフォーマンスの向上の原因を解明し,次にどんなトレーニングを行うべきか選手を含め協議,選手のトレーニングに関する関心と指導者への信頼性を高める②けが,疾病,オーバートレーニングなどのリスクを排除する③競技会に備えてレギュラーの選考(評価)の基準として利用する④選手のフィーリング(感性)と客観的データとを照合し,選手のトレーニング強度や疲労度に関するフィーリング力を高める-などを挙げている.
一方,後者の問題点では①モニタリングを行う時間,経費,人材の不足がデータの収集・整理・解析・評価を難しくしている②モニタリングがパフォーマンスの向上に好影響を与えるとの客観的データが乏しい③モニタリングの必要性に関する知識や経験の不足(収集されたデータを有効利用する方法や価値観の希薄さ)が専門的スタッフの椅子を準備することを難しくしている④モニタリングとは何か(what)なぜ(why)さらには,どの程度必要か(how often)どのように(how)行うのか,コーチや選手にどのようにフィードバックするのか,などが共通理解に達していない⑤モニタリングで得られた知見を実践の場にフィードバックする具体的方法と機会を作る情熱と能力に欠けている-などを挙げている.
日々のトレーニングのモニタリング項目は,スポーツの種類や種目によって異なる.例えば,長距離選手では強度と距離は心拍計による心拍数(HR)とGPSによる距離が中心であり,心身の疲労度を知る指標としてRPE(主観的運動強度)や心理テストのPOMSが用いられる.年2回の生理的テスト(パフォーマンスを含む)とランニングフォーム(高速度ビデオなどを用いて)の変化を測定する.
主な生理的測定項目は①エネルギー出力の大きさ②ランニングの経済性③乳酸性閾値におけるランニングスピード(vLT)である.これらの項目を正確に測定することによって,体力やランニング技術の変化が浮き彫りになってくる.これらの3つの項目と記録の変動とを照合して,これからのトレーニングの具体的方針・方法等を議論し決める.
世界のスポーツ界では,各スポーツ種目に適合したモニタリング項目と方法が考案され,そこで得られたデータをいかに実践に生かすかがスポーツ種目ごとに確立されつつある.わが国のスポーツ界も早急にスポーツの種類と種目に応じたモニタリングの項目,具体的方法,データ収集と解析,得られた結果の有効利用法が検討・検証されなければならない.効果的なモニタリングを行うためには専門的知識と技能を持った人材の育成を図らなければならない.そんな時代が来ている.