エッセー(6)理論値と経験値

からだの大きさはバランスが大切である.

その指標として比体重(体重/身長),カウプ指数(体重/身長2),ローレル指数(体重/身長3)がこれまで用いられてきた.これらには一長一短がある.

すなわち,体重(分子)は容積であるから身長の3乗(分母)で割らなければならない.

従って,ローレル指数(体重/身長3)が最も理にかなっていることになる(理論値).

ところが,ローレル指数で表すと値が著しく小さくなり個体差がかえってわかりにくくなる短所がある.

 

現在国際的に使われているのはBMI(Body Mass Index)である.

すなわち,体重/身長2である.かつてベルギーのケトレが兵士を対象に体格を調べ,体重は身長の2乗に比例することを明らかにしたことがBMI発想の基礎となっている.

しかし,理論的根拠はわからない.

なぜ理論的根拠が乏しいBMIが国際的指標になったかの理由は数字が最も汎用性の高い範囲の18.5(痩身)≤ (正常) ≤25.0(肥満)にあり,しかも肥満係数として信頼性が高いことにある.従って, BMIは経験値に他ならない.

ちなみに,日本人のBMIの理想値は約22に対して,米国人のそれは約24と差がある.

 

生物界では理論則と経験則の議論がいまだに結論が出ないまま続いている.

ドイツのルブナー(1973)は犬(3~30kg)の代謝量が体表面積に比例することを明らかにした.

すなわち,体表面積は体重の2/3乗であることから,犬の代謝=定数×体重2/3の式が成り立つ.

ところが,40年後の1932年にアメリカのクレイバーは21gのマウスから600kgの牛までの26種類の動物の代謝量が体重の3/4乗に比例することを発表した.

その後多くの研究者がこの説を追認したが,かつてクレイバーとデービス校で教鞭をとったホスナー(1982)はクレイバーの説は26種類の異種の動物から得られたもので、もし同じ動物で比較するならば体重の2/3乗に比例することを明らかにし,ルブナーの考えを支持した.

しかし,クレイバーの「3/4乗説」は不思議に多くの生物学者に賛同を得ている(経験則).

例えば,ご記憶の方も多いと思うが,1992年に発刊され本川達雄のベストセラー『ゾウの時間ネズミの時間』は,動物の代謝量が3/4乗に比例すると述べ,クレイバーの考えを支持している.(この難しい本がなぜベストセラーになったか不思議である.多分本のネイミングに魅せられたのであろう).

 

筆者が大学院に進学した時,最大酸素摂取量(VO2max)は絶対値(L・min-1)と相対値(ml・kg-1・min-1)が使われていたが,相対値を体重1kg当たりで表現することに違和感を禁じ得なかった.

先輩に,なぜ体重1kg当たりで評価するのか聞いたところ,『ようやく一致をみたのだから話を蒸し返すな』と忠告された.

しかし,VO2maxを測れば測るほど矛盾があることに気付いた.

例えば,体重の軽い子どものVO2max(相対値)は大人に比べて大きくなる.

にもかかわらず持久性のパフォーマンスは大人が高い.

逆に,柔道の選手のように体重の重い選手のVO2maxは絶対値は大きいが相対値では小さくなる.

体重に関係なく大人と子どもを混合して持久性の指標である体重1kg 当たりのVO2maxと持久性のパフォーマンスの関係をみると比例しなくなる.

またある時,ランニングクラブに所属する小6の子どものVO2maxを測定したところ70 ml・kg-1・min-1を超える者が出た.

保護者がこの値を見て,「このまま伸びれば一流ランナーに育ちますか」と尋ねたので,「これから体重が増えますのでそれに比例してVO2maxが伸びれば優れた選手に育ちます」と答えた.

しかし,時間がたつにつれ自分の返答に不安になってきた.

そこで,本格的に調べることにした.

 

ジェンセン(2001)によると,1916年にすでにクローが「VO2maxの単位として体表面積当たり(体重の2/3乗則)で表すべきである」と述べていると報告している.

その一方で,VO2maxの測定の先駆者であるヒルとラプトン(1923)は絶対値はL・min-1,相対値をml・kg-1・min-1で表した.

両ノーベル受賞者の見解が2分された.

エネルギーの産生量はからだの容積に比例し,消費量はからだの表面から逃げていくので体表面積に比例すると考えると,エネルギー生産/エネルギー消費量は容積/体表面積となる.

単純に考えると,エネルギーの産生は体重の1乗に,消費は体重の2/3乗に比例することになる.

すなわち,クローはエネルギーの消費の視点から,それに対してヒルはエネルギーの産生の視点からみたことになる.

VO2maxは持久性のパフォーマンスの指標(エネルギー消費量)であることから体表面積当たりで表すのが理論則であり,体重1kg当たりでみるのは経験則と言うことになる.

 

今日用いられている体重1kg当たりのVO2maxは2つの仮説からなっている.

1つが,“VO2maxは体重にどこまでも比例する”,もう1つが,“からだは均質な組織で造られている”である.

第1の仮説は,ある範囲の間では比例するが無限ではない.

さらに,第2の仮説は,からだには筋肉,脂肪,骨、血管や神経等々で構成され均質ではない.従って,今日用いられている体重1kg当たりのVO2maxは経験則に基づく.

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山地 啓司

山地 啓司

1965年卒 立正大学法制研究所特別研究員 
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