科学エッセー(45)走のフォーム矯正のメカニズム

野球で打者が放った地をはうようなライナーを、内野手が横跳びの逆シングルでキャッチする.サッカーなら、ゴール近くの混戦の中でわずかに空いた一瞬の隙を狙い、強烈なシュートが相手ゴールに突き刺ささる華麗な技が披露される.

選手はそんな時、インタビューでは「体がうまく動いて打てた」とか、「うまくシュートができた」と話すだろう.選手自身は恐らく、体がどのように動いたかを説明できないのではないか.なぜなら,その技は無意識的にからだが動いた反射から生まれたからである.

ヒトはよちよち歩きができるようになると、すぐに走り始める.その走りのフォームは、本能的で自由奔放である.幼児の走る行為は、うれしいとか、怖いなどの感情の表現である.

小学校入学の頃になると、速く走りたいという欲求が芽生えてくる.このようにみると、子どもの走る行為は人類が誕生・進化してきた「脳幹脊髄系(反射)」の発達から始まり,歓び悲しみを支配する大脳辺縁系(情動脳)が成長。大脳皮質(理知脳)の発達とともに、速く走りたいという意欲が生まれる過程を経る.

ドイツの解剖学者エルンス・ヘッケルは「個体発生は系統発生を繰り返す」と述べたが、ランニングの発育・発達過程は、その指摘を実証するものである.

ヒトの成長過程で競走意識が目覚め、高まるころになると、先天的要素とそれまでの運動経験の後天的要素によって,走に関連する神経系や筋肉系の機能が発達して個性的な走り方が形成されている.大学生の年齢になると、走るフォームは完成に近い形で構築されており,それを矯正しようとすれば驚くほどの時間と労力が必要になる.

この年齢になると、すでに走に関与する神経系や筋肉系が密なルートを開発・形成していることから,このルートの一部を解きほぐしてその隙間に新しい神経と筋肉の機能を付け加え,場合によっては機能の一部を削除しなければならないからである.

ルソーの『エミール』の言葉をランニングに当てはめると、次のようになるだろうか。

「ヒトは成長するにつれ速く走りたいと言う“欲求”が芽生え,速く走る人のフォームなりトレーニングの仕方に興味を抱き注目するようになる.指導者は自らの指導経験や指導理論の中からその選手に最も適した矯正法を選択して,矯正が必要な身体の部位,例えば,神経経路や筋肉を選びながら,指導経験や勘に従って試行錯誤しながらトレーンングを行わせる.」

「すなわち,経験や勘に基づく矯正法を一度、理知脳に遡上させ,それらの総合知から生まれた矯正法を情動脳に回帰させ,それから美的感覚や全体のリズムやバランス考えながら具体的に矯正する.しかし,理知脳は情動脳をコントロールするが選手にとってそれだけでは不十分である.」

「例えば,トレーニングを通して確たる成長や効果を認識して,持続可能なエネルギーを生み出さなければトレーニングの継続は定着しない.すなわち,頭の中でどんな論理を組み立てようが,トレーニングなくして矯正(学習)は困難である.理知脳だけでなく情動脳とトレーンングが加わり,しかもそれらが反芻しなければ必要・十分とは言えないであろう.この場合の情動脳は秩序と方向性と持続性を持った意欲や覚悟の存在が不可欠である.」

もう1つの矯正法は,鷲田精一が『悲鳴を上げる身体』の著書の中で筆者の意を代弁しているので、少し長いが引用する.

「ヒトが自分のランニングフォームを変えようとする時,自分の身体をコントロールしたいと言う自己制御の願望が生まれる.この自律への願望が自分の身体管理へと転移し,身体を意のままにしたい,理想のフォームに近づけたいと願う背景には,身体を自分の所有物とみる.しかし,身体は自分自身のものではなく,意のままになるものでもない.すなわち,私と身体には本質的な“すきま”がある.つまり,遊びと言う間の存在である.しかし,いくら努力しても到達できないとあきらめムードになり,フォームを変えようとする意識が徐々に薄れるにつれ,ヒトの無意識的欲求である“楽をしたい”という経済性の欲求が目覚めてくる.その無意識が極限に近づくにつれて,その条件で最も理想的なフォームが形成される」

極端ではあるが、走フォームを変えようと言う意識がなくても,ヒトが持つ本能的な“賢さと狡さ”からくる“楽をしたい”欲求がフォームを改善するのである.

これらのフォームの矯正法は“速く走りたい”と言う欲求のあることが前提となっている.学校教育の現場では、子どもの速く走りたいと言う意欲はそれほど強くない.この場合には、いかに速く走るかを教える前に、いかに走ることが楽しいかが教えられなければならない.まず情動脳に刺激を与えるわけである.

理知脳と情動脳の無意識化が、反射的運動能力を高めることになる.まず理知的に矯正戦略を考え,情動脳でトレーニングする意欲を高め,繰り返しの実践を経て究極の反射的プレーが生まれる流れになる.このようにみてくると、スポーツの成績を決める要素の“心技体”に、非常に大きな要素として“知”を加えなくてはならない.

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山地 啓司

山地 啓司

1965年卒 立正大学法制研究所特別研究員 
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