科学エッセー(40)呼吸筋強化でコロナ対策と長寿効果
肺の大きさと機能は身長と年齢に左右される.肺の大きさ(肺容量)は体重(重育)より身長(長育)と密接な関係がある.例えば,バスケットやバレーボール選手の肺活量は身長が高いだけにスポーツの競技種目の中で最も大きい.一方,マラソン選手の肺活量は身長が低いだけ小さく,同じ身長の一般人とほぼ同じである.
これに対して肺の機能は加齢とともに変化する.例えば,発育期の子どもの肺(胸壁)は弾力性に富むが、30歳を超えると弾性力や筋力が徐々に硬化・低下し始める.肺の機能の1つである1秒率(FVC1.0)は30歳を過ぎると低下し始め,70歳では30歳の値の60~80%までに低下する.また,肺の吸引力を示す最大吸気口腔内圧(PImax)も30歳ころから低下し始め、70歳では60~70%まで低下する.
今年の2月後半から世界に広まった新型コロナウィルスの感染症の脅威は、われわれの生活を一変させた.特に老人はコロナに感染し易く,しかも重症化することから,外出の自粛が強いられた.ではなぜ高齢者は感染しやすく重症化するのであろうか.
もともと老人は体力や抵抗力に劣ることから感染し易い.例えば,コロナが飛沫感染で老人の肺に侵入すると,気道から肺の一番奥にある肺胞まで炎症を起こし,肺胞まで新鮮な空気を十分に運ぶことが難しくなる.特にコロナは肺胞の膜を肥厚させ肺胞内の酸素(O2)が肺毛細血管内のヘモグロビン(Hb)と結合(O2Hb)するのを妨げる(肺拡散容量の低下).
その結果,動脈血の酸素濃度を示す動脈血酸素飽和度(SaO2)が著しく低下し,全身の器官や筋肉への酸素供給が不足する.その程度がひどくなると酸素供給の不足分を補うために人工呼吸器を用いてO2濃度を高めたガスを肺胞に送り,肺胞でのO2のガス交換量を高める.それでも組織への酸素供給量が不足する場合には肺の働きを代替する人工心肺装置(ECMO)の助けを借りることになる.
一方,子どもの気道や胸壁は弾力性に富み(弾性反跳:elastic recoil),肺の大きさに比べ呼吸筋力も強いことから,例え炎症を起こしても高齢者ほど大きな影響を受けない.また高齢者も十分呼吸筋を鍛えておけば年齢の割には呼吸筋の弾力性や筋力が高いことから重症化をある程度阻止することができる(ただし,喫煙者は気道の空気抵抗が大きいだけ重症化しやすい).
日常生活の中でランニングを定期的に行っているジュニア選手(~18歳)と市民ランナーと呼ばれるシニア選手(50歳~)のランニングスピードに対する肺換気量の高まりに大きな差がある.
例えば,漸増的にランニングスピードを高めて行くと,ジュニアの肺換気量はある強度(乳酸性閾値あるいは換気性閾値)超えると増加率を指数関数的に高めながらオールアウトに達するが,シニアでは肺換気量の増加率はスピードの高まりにほぼ一定に保たれてオールアウトに達する.
この原因は加齢に伴う肺組織の弾性反跳や呼吸筋の筋力の低下によって,肺に空気を取り込む能力が低下しているからである.すなわち,肺の気道(気管支,細気管支,肺胞等)の弾力性と吸気筋と呼ばれる(横隔膜や外肋間筋・肋間挙筋)と呼気筋(内肋間筋)などの呼吸筋力の低下が呼吸筋パワーを低下させていることを示唆している.
我が国では高齢者が多くなり,それに伴って誤嚥,呼吸困難や肺炎の併発,咳嗽(がいそう:咳き込むこと)や喀痰力(痰等の喀出筋力)の低下によって異物や痰などが気道に詰まる者が多くなったことが,肺炎による死亡率を高める1つの要因となっている.
最近のフランスからの報告では,持久性トレーニングをしている中高年者は若者に比べ肺の吸引力が弱い.それでも日頃定期的に運動していない中高年者に比べるとはるかに強いことから呼吸筋のトレーニングの必要性を訴えている.また同じくフランスからの報告では,コーカシアン人の男性約2.6万人を対象に身長を3つの区分(160cm,175cm,190cm)に分け,年齢に対する1秒率(FEV1.0)の横断的調査を行っている.
その結果,身長の3区分の年齢に対する1秒率の変化はいずれの身長区分においても60~70歳で最低となり,その後は上昇に転じる.すなわち,1秒率が低い者ほど早世し,高い者ほど長命であるため70歳以降は1秒率が高くなるとみなした.
さらに,同じ傾向は年齢に対する身長やBMI(体重(kg)/身長(m)2)にもみられる.すなわち,身長が高い者ほど長命傾向を示す.そこで,身長の関与を取り除くために,1秒率を身長の2乗(身長(m)2)で除した値で年齢と比較すると,1秒率は男性では約60歳,女性では約70歳で最低になりその後は上昇に転じることから,1秒率が高い者ほど長命であることを証明した.
従って,呼吸筋を鍛えることがヒトを長命にする.運動する機会がない場合には,深呼吸を1回目は大きく空気を吸い,ゆっくり吐き,2回目は大きく空気を吸い早く吐き出す呼吸法を1セットとして,1日数セット行うことをお勧めする.