陸上競技のルーツをさぐる56

「円盤投」の歴史<そのⅣ>

20世紀以降の男子の技術革新とそれに伴う記録向上

19世紀末に古代ギリシャ起原の「円盤投」が近代五輪に登場し、技術面での研究や選手の体格の向上もあって記録は飛躍的に向上します。この1世紀間に世界記録は約2倍の距離となりました。

1930年代までは、サークル後方で投てき方向に対して半身に構えて体を⒈25回転して投げていました。一直線上を移動する技術で、記録は40m台にとどまっていました。

はじめて50mを超える世界記録(51m03)の樹立したのは、E・クレンツ(米国スタンフォード大)で30年5月のこと。翌29年3月の49m90の記録を出し、50m超えは時間の問題とされており、満を持しての記録更新でした。

彼の投法はサークル後方で極端に姿勢を低くして伸び上がりながらホップし、ターンの途中で一瞬浮き上がりながら、さらに姿勢を落として最後の「タメ」を作って投げるものでした。当時の多くの選手が採用していた片足を終始地面に付けて回転する「ピボット・スタイル」とは明らかに異なったフォームでした。クレンツは28年の「アムステルダム五輪」の「砲丸投」でも4位に入っています。

34年8月にはH・アンデルソン(スエ―デン)が直立した姿勢で回転に入り、あまり後傾を取らず、どちらかというと身長190㎝、体重90㎏という幕内力士並みの恵まれた体を生かした投法で52m42をマーク。米国勢の独壇場だったこの種目で、北欧勢として初めての世界記録を樹立しました。

しかし、36年「ベルリン五輪」の優勝者(50m48)K・カーペンター(米)は、今日でも主流をなしている「1回転半」する回転技術と、ターンのはじめから膝を曲げ、腰を下げて脚力を十二分に使えるよう改良した投法を披露。円盤の軌跡をより長くすることができる非常に効果的なもので、この技術は第2次大戦後まで用いられました。

50年代以降にはウエイト・トレーニングの普及によって各選手の筋力が大幅に強化され、ターン、振り切りのスピードが向上して記録は60年代に入ると60m時代へ突入します。この時代に最も優秀な成績を収めたA・オーター(米)は、身長191cm、体重115㎏の巨体。56年の「メルボルン五輪」国内予選時はまだ19才で、さほど期待されていなかったものの、初出場でいきなり優勝を果たす。

60年の「ローマ」でも勝ち、64年の「東京」と68年の「メキシコ」でも勝ち続け、『五輪4連覇』とういう前人未到の偉業を成し遂げます。62年5月には世界記録を62m94にまで引き上げました。持前の勝負強さはもちろんのこと、滑らかなターンから頭部を軸にして脚が扇型に旋回。構えでは円盤が十分後ろに残され、最後のしなやかに「4分の3回転」する間に全身の力を振り切りに集中させる見事な投法でした。

この間、ハンマー投の回転からヒントを得たターン前に予備的な回転を入れる新技術も出現します。76年にM・ウイルキンズ(米)が世界記録を4度樹立して70mの大台(70m24)に乗せました。88年「ソウル五輪」を制した(68m82)J・シュルト(旧東独)が86年6月に74m08まで記録を伸ばしますが、以後30余年間も世界記録は更新されていません。男子ではいまや最古の世界記録となっています。

(以下次号)

写真の説明と出典

  • 「34年8月、北欧勢で始めて52m42の世界記録を樹立したH・アンデルソン(スエ―デン)の投てき姿」『Coaching and Care of Athletics』F.A.M.Webster著(1938)p435~436写真頁 (George G. Harrap & Co.LTD)
  • 「36年ベルリン五輪優勝のK・カーペンター(米=50m48)の投てきの様子」『Die Olympischen Spiele 1936 Band 2、<ベルリン五輪公式報告書>第2巻』(1936)p45 (同組織委員会編)
  • 「56、60、64、68年の五輪大会4連覇の偉業を成し遂げたA・オーター(米)が、

20才で初優勝した時(=56m36)の投てきの様子」『The Olympians –A Quest for Gold; Triumphs, Heroes and Legends』(1984) Coe with Nicholas Mason共著 p106(Butler & Tanner Led)

  • 「同じA・オーター(米)の「東京五輪」時の投てきの様子」『同上書』p108
  • 「現在の世界記録を30年間以上持つJ・シュルツの、ソウル五輪時の姿」『雑誌「月刊陸上競技」1988年11月号―完全保存版―』(1988)p89(KK陸上競技社―講談社)
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岡尾 惠市

岡尾 惠市

1960年度卒 立命館大学名誉教授
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