科学エッセー(34)アリとスポーツ選手の共通項

生物学の分野では集団生活する生物を「真社会性生物」と呼び,その代表格がアリやハチである.例えば,アリの社会は女王を中心として集団生活を営み,働きアリや兵隊アリなどの階層社会が形成されるなど,アリの行動習性がヒトの行動特性と酷似している点が多くあることが知られている.

 

進化生物学の長谷川英裕(2010)はアリの行動習性に関する研究成果をまとめ『働かないアリに意義がある』を出版している.そこで,アリの行動習性とスポーツ選手の行動特性との共通項を探ってみた.

 

1.アリは合理的かつ合目的的に行動している

アリの巣の近くでは働きアリが忙しく動き回っているが,その7割のアリは意味なく?ただ徘徊しているに過ぎない.その多くのアリは仲間からの情報(エサや危険等)を待ちながら餌となるものを目的もなく探しているのであろう.仲間から餌を見つけたという情報が入ると必要な数のアリが現場に急行し,巣に獲物を運んで帰ってくる.

 

しかし,巣の周囲を徘徊していたアリの全員が働き手として現場に出向くわけではない.条件に応じて腰の軽いアリは直ちに現地に急行するが,腰の重いアリは出向かない.後者は怠けものと言うよりはむしろ,気が利かないとか動きの動作が鈍いなどが理由であろう.

 

人間の目からみると怠けているように見える.しかし,人間の集団でも「これを○○へ運んで・・」と言われると,すぐ動く人と様子をうかがいながら十分な人数が行動し始めたのを確認すると,残りの者は運ぶ必要もないと決め込む.従って,行動に移さなかった者が本質的に怠け者と言うわけではない.

 

それを証明する興味深い実験がある.ふたま続きのAとB部屋があり,その境にはアリが往来できる穴がある.Aの部屋に巣と卵があり,そこに100匹(背中に番号札を張り付けている)の働きアリがコロニーを形成している.

 

ある日,Bの部屋に全アリと卵を移し替え,それに対するアリの動向を観察する.働きアリにとって卵がBの部屋に移動したことはお家の一大事である.さあ大変とアリは卵を元の巣に戻すべく運び始める.その一部始終をビデオに撮って1匹ごとに何個の卵を運んだかを記録する.

 

次の実験では,最初に最も多く運んだ上位50匹を除いて,残りの50匹のアリと半数に減らした卵をB部屋に移動し,各アリが卵をA部屋の巣に何個運んだかを記録すると、最初はあまり運ばなかったアリが積極的に運びだす.しかし,約半数のアリは相変わらず余り運ばない.

 

さらに,あまり運ばなかった半数の25匹のアリと、さらに半数に減らした卵を同じようにB部屋から A部屋に運ぶ実験を繰り返すと,最後まで残った数匹のアリも積極的に運ぶようになる.

 

この実験から,①働きアリには真の怠けものはいない.②ただ状況を判断しながら,運ばなければならない状況になると運び始める.

 

スポーツの場合にも同じ現象が認められる.例えば,選手の中には上級生がいる間はそれほど活躍しなかったが,上級生が卒業して自分たちが最上級生になり責任ある立場になると,トレーニングに熱心になり予想以上の力を発揮し,チームのパフォーマンス向上に貢献する.

 

この場合も下級生だった選手が特別意識して怠けていたわけではない.活躍していた上級生が卒業しチームの一大事と認識して頑張ろうとするのである.

 

2.アリの社会にも「20%・80%」法則が成り立つ

1897年イタリアの経済学者パレートは、19世紀のイギリス社会の所得と資産の分布状況を調査した結果,2つの事実を発見した.ひとつは,富の分布が不均衡であること,もうひとつが時代や国を問わず不均衡のパターンが繰り返されるという事実である(仁科和夫訳)『20対80の法則』.当時この法則は誰からも見向きもされなかった.

 

しかし,第2次世界大戦後,多くの研究者は不均衡の割合が20%・80%の法則に従うことを追認した.例えば,所得全体の80%は所得人口の20%の者が保有し,残りの20%を80%の者が分かち合っている.このほか今日では,あらゆる方面でこの20%・80%の法則が用いられている.

 

医療の分野では国民の20%の患者が,医療費の80%を使い,本の価値の80%は総ページ数の約20%にある.また先のアリの実験でも約20%のアリが80%の卵を運んでいる.

 

この20%・80%の法則の割合を拡大解釈すれば,箱根駅伝出場のための適正部員数は,最終登録メンバーの16名を必要人数とするとその約5倍の約80名が,また実際に走る人数が10名であるのでその5倍と考えると最低50名が必要になる.従って,箱根駅伝の適正部員数は50~80名と推測される.

 

ただスポーツの場合には,指導者の数やトレーニング場の広さ,運営の方法,あるいは,選手間の実力の差があるので,部員数だけで一概には言えないが,「20・80の法則」からみると箱根駅伝に出場するためには部員数が最低50名必要である.

 

母校筑波大学の駅伝部員数は現在何名であろうか.

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山地 啓司

山地 啓司

1965年卒 立正大学法制研究所特別研究員 
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