陸上競技のルーツをさぐる71

「混成競技」の歴史<そのⅤ)>

「比較数字(Comparison)」の導入

「新採点表」のもう一つの特徴は、当時の世界記録を基準にして各種目で表①に示す「比較数字」という指数を導入したことです。「100mの10秒2、走高跳の2m14、砲丸投の18m50」をそれぞれ「1.00」とし、「走・跳・投」の種目間で記録が比較できる「採点表」作成の基準ができました。

この「比較数字」を使うと、具体的には、100mの10秒2に相当する400m、1500mのタイムは、400mでは「10秒2×4.47=45秒594≒45秒6」となり、1500mでは「10秒2×21.8=222秒36≒3分42秒4になります。走高跳の2m14と同レベルの棒高跳の記録は「2m14×2.25≒4m82」で、18m50の砲丸投はハンマー投なら「18m50×3.40≒62m90」に当たるというわけです。

 

「比較数字」を使うことで各種目間の記録水準比較ができ、種目間の得点のアンバランスを微調整することが可能になりました。ただ、作成当時の「比較数字」は画期的なインパクトがありましたが、その後の各種目の記録変遷によって現実に適合しない部分が生まれてきました。

 

特にフィールド種目では用器具の開発が進むとともに、新しい技術が生まれたことで種目によって記録の伸びにばらつきが目立つようになりました。それを修正する流れとして、1954年から世界400人の競技者の記録データを基に「女子五種競技」の「採点表」が作成され、「IAAF(現WAAF)」で承認されました。

 

1962年改定の「採点表」

一方で「10種競技」では、1950年代からフィールド種目の得点配分に問題があることが指摘されてきました。1960年のローマ五輪までは従来の「採点表」が使用されましたが、60年代に入るとA・ショーベック(A・Jorbeck)氏を中心としたグループが改定の作業を開始しました。

 

同グループは、オーストリアのK・ウルブブリッヒ博士(Dr.K・Ulbrich)が提起した原理を使い、各種目の技術的要素を加味しながら初心者からトップ選手に至る膨大な記録を分析。「速度直線得点関数(velocity-linear scoring function)」という指数をもとに新しい「採点表」を作成しました。わずかな問題点があったものの、この「表」が科学的な考察に立脚し、統計的な裏付けもあったことから高い評価を得ました。唯一の問題点はこれを使用し始める時期でした。

 

五輪で金メダルを狙う世界のトップ競技者にとっては、配点の変更は記録のバランスやメダルの行方も左右するほどの大きなテーマです。1964年東京五輪から「新採点表」を導入することが公表されたのは大会の2年前。対応が難しいとして、多くのコーチや競技者から批判の声が上がりました。

 

「採点表」の変更が生んだ悲劇は、その東京五輪で生まれます。1963年4月、「東洋の鉄人」と呼ばれた楊伝広(台湾)が9121点(のちに9206点に修正)の驚異的な世界記録を樹立。前回のローマ五輪ではわずか58点差でR・ジョンソン(米)に敗れて銀メダルに終わり、悔しさを胸に米国に留学して力を伸ばし、東京での金メダルは確実と見られていました。

ところが、採点基準の変更で得意の「棒高跳」の得点が大幅に減少。苦手種目の練習に十分な時間が取れず、五輪ではひざの故障や風邪で体調を崩したこともあって、まさかの5位に終わりました。このときすでに31歳。今ほど選手寿命が長くなかった時代でしたから、無念の現役引退となりました。

1970年代には電気計時が本格的に導入され、100mと110mHについては1971年から100分の1秒単位に合わせた「得点表」に修正。1977年からは400mについても同様の修正が行われました。

 

写真図版の説明と出典

  • 「種目ごとの「比較数字」一覧表」『『陸上競技混成競技採点表から筆者が作表』 日本陸連・全国高体連共編(1961年) p.148 ベースボール・マガジン社。筆者が作表』
  • 「比較数字をもとにトラック競技の距離に当てはめた実技曲線のグラフ」と同上書』148
  • 「ローマ五輪十種競技で銀メダルを獲得した楊伝広(台湾)の1500mのゴール」『The History of Olympics-A pictorial review of the world‘s greatest sporting event―』Ed. Tyler and Phil Soar(1975年)p.59 Marshall Cavendish,London & New York
  • 「同上大会で優勝したR・ジョンソン(米)の砲丸投」『③と同上書』p.59
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岡尾 惠市

岡尾 惠市

1960年度卒 立命館大学名誉教授
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