陸上競技のルーツをさぐる4
陸上競技場の基準―「400mトラック」の出現とコース幅決定の経過
1880年以降になり「英国選手権」規模の大きな大会でも、今日の様な直線ときれいな円弧からなる単心円の競技場ではなく、変則的な形の競技場を使って競技を行っていましたので、地方の大会では様々な形の競技場がありました。
ハードル競走は「フィールド種目」として、グランドの中央の芝生に木製のハードルを埋め込んでおこなっていましたし、中長距離の競走は、3~5周で1マイルになる様に走路が作られ、各競走の距離に合わせてスタート・ゴール地点を設定するのが常でした。
周回を走る方向は、特に決まりはなく、今日の「競馬」の時にしばしば見られる様に「右回り(時計の針の回る方向)」も数多く採用されていました。
その後、一般に多くの人が「右利き」が多いことなどから、「左脚」を軸にして、「右手を外側」にして回る方が、走りやすいなどの理由から、20世紀になってようやく今日の様な「左回り」に世界統一されました。
その後、最も走りやすいコーナーを設定し、短距離などの直線を走る場合の一人分の「コース幅」を模索する中で、1880年代には「4周で1マイル(約1609m)」となる単心円のトラックが作られはじめました。
英国の連盟では、単心円のトラックを作るために、英米の日常生活に使用されている「マイル・ヤード・インチ制」に基づいて、直線部分を85ヤードとして、コーナーの半円部分を135ヤードとするものや、直線部分を100ヤード、コーナーの半円部分を120ヤードとするものをモデルとして示し、この作り方について、指導書などを通じて啓蒙していきました。
「4周で1マイル」となるグランドが最適だとされたのについては、「馬」の大きさや走るスピードなどから設定された競馬場の1周が、一般的に「1マイル」であるのに対し、人間が走る場合の陸上競技場は、「その約1/4が良いのでは」、と考えられたのではないかと思われます。
英米の陸上競技場の1周の「1/4マイル」は、「ヤード法」でいうとが「440ヤード(402.16m)」となります。これは、後に1896年「近代オリンピック」を開催するのにあったって、当時フランスが主導して設定した世界共通の単位である「メートル法」の基準に合わせて微調整をし、現在世界的に使われている『1周400mのトラック』に統一されていきました。
また、1人分のコースの幅は、走る人間の肩や腰幅のことを考え、人間が走るときには自然に中心に向かって曲がっていくという習性をも考慮に入れて、英国の1868年のルールでは「2~4フィート(61~122cm)」であるとしていましたが、「AAA」が設立された1880年以降は「4フィート」(現在・日本陸連では125cm)として今日に引き継がれています。
しかし、19世紀の英米では、この様な規格の競技場で大会を行っていたにもかかわらず、1896年の「第1回アテネ・オリンピック」では、古代オリンピアの競技場をモデルとして直線の長い縦長の「400m変形競技場」が使われましたし、陸上競技の本家を自負する英国ロンドンで行われた1908年の「第4回ロンドン大会」でも、競技場内に「水泳プール」や「自転車競走用のバンク」を作ったために「1周1/3マイル(587ヤード=536m)<3周で1マイル>」を使いました。
今日の様な「1周400m」の競技場が世界的に定着したのは1920年以降のことですし、日本でも京都大学農学部のグランドなどには、フランス流の「1周500mトラック」が作られていました。
今日では「国際陸上競技連盟(IAAF)」や「日本陸上競技連盟」はこのような競技場での記録は公認されませんが、今から60年以上前、筆者の高校時代にはそこで練習をし、京都のインターハイも行われて走ったことがあります。
広々としたフィールド部分にはサッカー場が2面取れ、ゆったりとした曲線部からなる競技場なので、1500m、5000m、10000mなどのオリンピック大会などの公認種目が、非常にわかりやすい周回数で走れるので、中長距離の選手たちから好評だったのを思い出します。
(以下次号)
写真図版の説明と出典
①「1880年代に大会が行われていた時のクイーンズ・クラブ競技場の見取図」
『A Sporting Pilgrimage』(1894)C.W.Whitney著 P.237(Osgood.McIvaine)
②「1880年代後半に理想的な単心円の競技場の見取図」
『Athletics』(1891)H.H.Griffin著 p.37 (George Bell and Sons社)
③「ブロンプトン競技場での陸上競技(ハードル競走)の様子」
『1871年4月15日(土)朝刊新聞に彩色されたハードル競走の図』(1871)
「An Illustrated Weekly Newspaper」<筆者が英国ブライトン郊外の古物商で購入>