陸上競技のルーツをさぐる3

短距離競走の歴史

「短距離競走」の距離設定

「オリンピック大会」や「世界陸上」の陸上競技全種目中での花形は、何といっても「世界一速い選手を決める「男子100m決勝」でしょう。

世界中のすべての人が注目するこの種目に人気が集まる秘密は、わずか10秒も要しない瞬間に競われる勝敗の厳しさと、人間が時速40kmを超えるスピードのなかで競われる競走の面白さにあるのは当然ですが、全力で疾走する選手の姿に、太古の時代に私たち人類の祖先が、獲物を追って山野や草原を走り回っていた姿を思い起こさせてくれるからではないでしょうか。

人類がいつから競技としての「競走」をはじめたのかを考えてみる時、子どもたちが無心で駆け出す姿から想像できる様に、世界各地に残る民話や遺物、文字として書き残された資料を見ても、数日間も獲物を追って走り、政治や経済上の重要な出来事を離れた土地に伝えるために、今日の「駅伝」の様な形式で「長距離」を走破していたことが数多くあったとしても、初めはやはり「短距離競走」から始まったと考えるのが正しい様です。

そのことは「古代ギリシア」の時代に行われていた競技をみても、競技会のルーツは、人類の祖先が身体を鍛える目的で長距離を走り、その成果を試すために大会を開いたというよりも、収穫祈願や感謝、あるいは自然の脅威から身を守るために祈りを捧げる「祭礼」の時など、人びとの多く集まるところで大会を開いていたために、限られたスペースを走る「短距離競走」の方が、より古くから存在していたと考えるのが自然であるからです。

事実、紀元前十数世紀から神前で行われていたといわれる「古代ギリシア」における競技種目は、正確に記録として残されているのは、紀元前776年にオリンピアの地で行われた「スタディオン走」と呼ばれる「短距離競走」だけでした。

「短距離競走」の距離

その頃行われていた短距離競走の距離は、18世紀以降に欧州列強によるギリシア各地の競技場跡の発掘調査によって、祭礼を行っていた地方によって僅かばかり異なっていた事がわかりました。

その距離は、オリンピアでは192.25m、デルフィーでは177.35m、ネメアでは177.60m、アテネでは184.30m、デロスでは167m、エピダウロスでは181,30mなど、200mよりわずかに短い距離だった様です。

なぜこの様な距離で走っていたのかについて、これらの長さが「太陽が地平線から顔を出し、完全に出終わるまでの間<太陽の視直径>の(2分05~10秒間)」に「人間が自然に歩くのに要する時間」を、当時の人びとが使っていた「距離の単位」だったという説がありますが、その由来は十分にわかっていません。

しかし、この長さは人間が一直線を最大限のスピードを上げて全力で走り切るのにふさわしい距離であることだけは間違いありません。

なぜなら、最新の運動生理学や機器に速度の測定などの研究成果を見ても、現在の世界記録を「時速」に換算して、最もスピードが上がるのは「200m競走」であることからも十分証明されうるからです。

このことから、時計などを持たなかった今から数千年前の古代に生きた人びとたちの持っていた知恵の素晴らしさに、驚きを禁じえません。

さらに、短距離競走以外の中長距離競走が、後発の種目であったのは、「オリンピア競技」では、その後50年余り後の紀元前724年の第14回大会からこの距離を往復する「中距離競走」にあたる「ディアウロス走」が、そして前720年の第15回大会からはこの距離を7回、12回、24回など、何度も往復する「ドリコス走」とうい「長距離競走」が始められたと記録されていることからも証明されます。

現在、屋外での競技場で行われる「短距離競走」のなかで、最も短い距離の種目は「100m競走」です。

これはフランス革命の翌年の1790年、フランスの国民会議の決議によって、「赤道から北極までの子午線の1/4弧を10000kmとする地球の円周を基準」にして作った「メートル制」に基づいて設定した「長さの単位」を使って、1896年に行われた「第1回近代オリンピック大会(アテネ)」から実施する様にしたものです。

それ以前の1850年代までは、近代陸上競技の母国、英国のパブリック・スクールの生徒たちや学生の行っていた競技会での、距離の基準は、英米の人びとが使っていた長さや距離の単位(弓を射るときに前方の手を広げたところから身体の中心線まで<約90cm>)である「ヤード制」に基づいて「100ヤード(=91.44m)」が中心でした。

(以下次号)

 

写真図版の説明と出典

①「古代競技における「短距離競走」の想像図」

『The Olympic Games』(1980)Michael Grant 著表紙絵(Penguin Books)

②「19世紀末英国における芝生コースでの「短距離競走」の様子」

『Athletics and Football』(1891)M.Shearman 著p197 (Longmans Green and Co.)

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岡尾 惠市

1960年度卒 立命館大学名誉教授
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