エッセー(16)筋力トレーニングのノウ・ハウ
筋力は筋の断面積(太さ)と筋の長さの積によって決まる.ただし,筋の断面積当たりの筋力(絶対筋力)には個人差がある.その主な要因は3種類の筋線維,すなわち,①タイプⅠ(SO線維:収縮速度は遅いが,持久性能力に優れている),②タイプⅡb(FG線維:収縮速度は速いが,疲れやすい),③タイプⅡa(FOG線維:SOとFGの2つの線維の中間的能力を持ち,持久性能力と収縮速度に優れている)の分布の割合である.
従って,筋力トレーニングは筋の肥大化を図るだけでなく,スポーツの種目特性を考慮して前記3種類の筋線維をどのような割合で強化するかが重要になる.しかしそれらを摘出して強化することは不可能なため,動き(筋肉)の強度や速度,あるいは負荷を与える順序などを考慮しながら,強化することになる.
運動でなされる仕事(パフォーマンス)は発揮されるパワーと時間の積であるので,パフォーマンスを高める要素はパワーである.さらにパワーは力(筋力)×速度であるから、筋力だけを高めるのではなく合わせて速度(スピード)も高めなければならない.従って,“筋トレ”と言うよりはむしろ“パワートレ”の意識を強く持たなければ失敗する.
なぜなら,筋トレによる効果は筋肥大として目に見えるが,スピードは目に見えないためスピードのトレーニングが軽視されがちだからである.例えば,野球ではバットの重さは約600~800g,ボールは約200gであるので,特に,スピード+パワーをつけることが求められる.
筆者は野球部の選手対象にトレーニングの授業を行ってきたが,学生には極端ではあるが「筋トレはスピード+パワーをつけるために行うのだ」と口酸っぱく指導してきた.それが実ったのか、ひ弱だった野球部は2年前に東都大学野球リーグの1部に昇格し,2018年の秋季リーグで優勝するまで成長した.
しかし,陸上競技のように自体重をハイスピードで移動しなければならないスポーツでは最高のパワーとその持続が求められるので,高度なスピードと筋力を兼ね備えた“筋トレ”が求められる.
金子(1974)は上腕の加重法による力―速度関係とパワーについて,川初と猪飼(1972)は脚の伸展力―速度関係についての図を作成した.例えば,金子(1974)は上腕の力‐速度関係(双曲線)から,力の相対値(力/最大筋力(%))を作図した(図1).この図から,最大筋力の30%~40%に最大パワーが出現することが判る.この原則は上腕だけでなく脚や他の身体のすべての筋力にも当てはまる.
さらに金子ら(1981)は筋トレ実験を行い,最大筋力の向上にはトレーニング負荷(%最大筋力)が高いことが,最大速度は軽い負荷が,また,最大パワーは30%がより効果が大きいことを認めた.この実験から筋の収縮スピードや回数から安全性や心理的要素を考慮すると,速度は最大筋力の30%,筋パワーは最大筋力の40%,筋力は最大筋力の80%の強度でトレーニングすることが望ましい.
最大筋力の測定が困難な場合は最大努力で1回しか挙げられない負荷を最大筋力(1RM )とし,その強度の30%を速度,40%をパワー,80%を筋力のトレーニング強度として用いる.その際,速度やパワートレーニングはほぼ最高の筋収縮速度で繰り返すことが求められる.筋トレの強度や速度,あるいは本練習との兼ね合いは種目特性によっても異なるので,紙面の都合で本稿では長距離選手の筋トレーニングに焦点を絞って述べる.
長距離選手に対する筋トレの是非が問われた時期がある.それは,筋トレによって筋肥大に伴う収縮性たんぱくのみが増加し,体重増が生じるのではないかという疑念からであった.
これに対して,イリノイ大学のヒクソン(1980)やその研究グループ(1988)は筋トレを行う際,筋トレだけでなく引き続いて持久性の本練習を行うことによって筋肥大や体重の発達が抑制され,筋力(主に,大脳からのインパルスの増加や筋の単位面積に対する運動神経の増加などによる)や持久性の能力が改善することを明らかにした.その後多くの研究者が筋トレ+持久性トレによって,VO2max(L/kg/min)やランニングの経済性が高まることを実証した.
ナデル(2006)は筋肥大の抑制の原因を①活動筋を支配する運動単位(筋の単位面積当たりの神経の数)やインパルスの数の増加②トレーニングの強度に比べ回復が追い付かず,筋疲労の蓄積が筋肥大の発達不全を引き起こす③筋トレに続く持久性のトレーニングがタンパク合成を遅らせ筋力系のパフォーマンスの改善を抑制する,などによるとみなした.
筋トレは直接パフォーマンスの向上を支えるだけでなく,けがの予防に有効である.最近では中・高校生のスプリンターや長距離ランナーのコアのけがの発症率は25~35%に達している.また,競技者の5~15%が腰痛を患い, 6~18歳の膝の2十字靭帯の裂傷の発生率がこの20年間に毎年2.3%増加している報告もある.けが防止の視点から筋トレーニングは積極的に行わなければならない.