陸上競技のルーツをさぐる23

リレー競走の歴史<そのⅠ>

「リレー(relay)」の語の由来

近年の日本男子短距離陣の活躍には目を見張るものがあります。特に4×100mRは、1992年バルセロナ五輪の6位入賞以降世界大会で実績を積み重ね、2008年の北京五輪では銅メダル獲得という歴史的快挙を果たしました。16年リオデジャネイロ五輪では、きわめて高いレベルの世界短距離界にあってさらにもう一段上の銀メダルと見事な活躍でした。

17年には桐生選手が日本選手で初めて10秒の壁を破る9秒98の日本新記録を樹立し、彼に続く個々人の選手も着実に力をつけています。わが国独自のバトンパス技術「アンダーハンド・パス」の技術向上と相まって、16年には日本記録は37秒60という高水準に達しました。

陸上競技を志す人なら誰しも、小学校時代の「運動会」の最後のリレーでクラス代表として走った事や、チーム・メイトに声を枯らして声援を送った事を覚えているはずです。

同じ陸上競技種目でも、クラスや学校の代表としてのみならず、「オリンピック」や「世界選手権」など国を代表するレベルにいたるまで、所属を同じくする仲間が心をひとつにして戦う「リレー競走」には、個人種目とはひと味違った魅力があります。

陸上競技大会は必ずと言って良いほど、各種のリレーで大会が締めくくられます。このような「しきたり」がいつ頃から始まったのかは、明らかではありませんが、恐らく1908年ロンドン五輪で初めて行われた国別対抗の「1600mメドレーリレー(200+200+400+800m)」が契機になっているでしょう。⒋年後のストックホルム五輪では4×400mRが大会のフィナーレを飾り、これがモデルになって今日に至っていると思われます。しかし、このリレー競走が他の近代陸上競技の個人種目に比べ、それほど古い歴史を持つわけではありません。

さて、この「リレー(relay)」という英語は、中世英語や古い仏語で「予備に控えておいた猟犬や馬」を意味する「relais」とか「中継する」という意味を持つ仏語の「relayer」を語源とし、「猟や旅で前のものが疲れたとき、これに替わるべき一組の替え馬、継ぎ馬、替え犬」を意味する言葉です。

20世紀になってこれが、元気な者が同じ意思を引き継いで交代していく様子を表す言葉として陸上競技をはじめとするスポーツ種目の名称として使われて今日に至っているのです。

わが国でこの種目が陸上競技の中に初めて導入されたのは、1913(大正2)年11月1~2日に陸軍戸山学校の運動場で行われた「第1回陸上競技大会」でした。この大会の要項では、英語の呼称のままに「リレー・レース」と呼んでいましたが、大正期以降に全国各地で開催されるようになると、呼びやすくするために「中継ぎ競走」を意味する「継走(けいそう)」が使われるようになりました。100年を経た現在でも、大会プログラムにその名残の「継走」を見いだすことさえあります。

「リレー競走」誕生以前

ルーブル美術館に所蔵されている古代ギリシャの壺に「たいまつ競走」の絵が描かれています。1930年刊の英国古代史学者N・ガーディナー博士著の『古代社会の運動競技』によれば、「古代ギリシャの競技会では新しい清純な火をできる限り早く祭壇まで運ぶことを目的とした祭礼的な種目として『松明(たいまつ)競走』が数多く行われていた形跡があった」と述べています。

アテネではこの「松明競走」は、燃えさかる「松明」を走者が馬に乗って運んだり、手に持って走行したりしましたが、その形式には個人競走と団体による競走があったようです。個人競走では、走者は燃え盛る「松明」や「炬火(きょか)」を持ってアテネ郊外のアカデミーを出発し、市中の祭壇に最も早く運んできたものに立派な賞品が与えられました。

松明の火を消さないようにしつつ懸命に走る姿が市民たちの共感を呼び、走者たちが通る道々では手拍子で走者を急き立てたといわれます。団体競走の様子は、紀元前485年アイスキュロスがオレスティア三部作のひとつとして上演した『アガメムノン(Agameunon)』にも書かれています。

この形式は、それぞれの部族を代表するメンバーがコースに沿って一定の間隔で配置され、松明を持った選手が今日の駅伝競走そのままに松明をバトンのように引き継いでいくものでした。まさに「聖火リレー」そのもので、リレー練習が若者の身体強化に貢献したと言われます。

このよう「リレー競走」の歴史を見てくると、この種目の起源のひとつは人類にとって欠かすことのできない「神聖な火」を儀礼や祭礼場に運んだことに由来することが分かります。もう一つは、日本古代の「駅伝」でした。時の中央政府が地方行政府へ政治・軍事・生活上の重要事項を人や馬を動員していち早く伝達した。洋の東西で二つの系譜があったことは興味深い事実です。

(以下次号)

写真図版の説明と出典

①「ルーブル美術館蔵のアッチカ赤絵壺に描かれた炬火を持って走る選手」
『筆者が撮影』(1994)

②「アテネの赤絵壺に描かれた炬火リレーの図(紀元前450~425年の作品)
『Sports and Games in the Ancient World』(1984)Vera Olivova 著  P126 (St. Martin’s Press)

③「古代オリンピックの炬火リレーの様子を描いた図(時代不明)」
『Athletics of the Ancient World』(1930)N.Gardiner著 写真番号65 (Oxford Press 発行)

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岡尾 惠市

岡尾 惠市

1960年度卒 立命館大学名誉教授
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