科学エッセー(46)ランドセルの呼吸への影響

日本の子どもにとって、小学校入学時から始まる通学のランドセルの重みは、ひとつの試練で言える.そのため,ランドルセルの重さがしばしば話題になるが、文部科学省の教育方針によってランドセルの中身の軽重が影響を受けるのも事実である.

最近では、“ゆとり教育“から“脱ゆとり教育”へ移行した後,通学時の教材が重くなり、体の痛みを訴える子どもが多くなった.欧米では通学時のかばんの重さは、体重の10%以内が望ましいとされているが、日本では1年生でも重い時には3~5kgになる.

ランドセルは帯(straps)が胸部を圧迫し,それによって吸息や呼息時の呼吸筋を働かせなくてはならないので、気管支喘息などの肺疾患を持つ児童にとっては大きな負担になる.特に,冷たい北風が吹く冬場に急ぎ足で登校する際は、肺への負担が大きくなる.文科省は小学児童の身体特性を考慮して「置き勉(強道具)」を推奨するようになったが,その実態はほとんど明らかになっていない.

バックパック(リックサックやナップサックなどを含む。以後バックパックに統一)の重さが身体に与える影響に関する研究の対象は、兵士,木材運搬者,鉱山労働者,砕石労働者、港湾労働者たちだったが,機械化によってめっきり減少した.

近年では,スポーツやレクレェーションの分野でのバックパックを背負う登山者やウルトラマラソンのランナーを対象にしたものが多い.研究対象は、重いバックパックを背負うことによる体幹,骨盤や脊柱を結び付ける腰部や臀部の筋肉群,脚筋などのコア筋群への圧力・捻転・屈伸などによる負担と傷害であった.

21世紀に入ると、これまで見逃されてきた体幹部にある呼吸筋への影響に関する研究が始まった.その第一の理由は,呼吸筋が疲労すると反射的に脚筋への血流量が抑制され,脚筋の疲労が促進されることが明らかになったからである.

体幹にある呼吸筋は,吸息の横隔膜,肋間挙筋,外肋間筋,前鋸筋,大胸筋・小胸筋等や,呼息の内肋間筋,腹直筋,腹横筋,外腹斜筋等でそれらが腹腔内圧や胸腔内圧の加減(ふいご運動)を合目的的に調整することによって,外界の空気を肺に取り入れたり不用になった空気を排出したりしている.

バックパックの帯(straps)が肩から胸部を通り、わきの下を通過して腰部で再びバックパックにつながることから,バックパックが重くなるにつれ帯が肩,胸部や腰部を強く圧迫するようになる.特に胸部への圧迫は呼吸筋の仕事を増やし,呼吸筋が疲労することで機能低下が進む.

トレッドミルの速度を4.0㎞/hと傾斜角度を15%に固定し,15kg,25kg,35kgの3種類の重さのバックパックを背負って歩行すると,努力性肺活量(FVC)がそれぞれ3%,5%,8%低下する.その他,他の研究者の報告では1秒量や1秒率の低下等が報告されている.

オールアウト走(最大酸素摂取量が発現するような数分の運動)では、呼息時の腹筋の圧力が約25%低下する.また,歩行中の呼吸パワーがバックパックを背負わなかった場合に32±4.3 J/minであったが,35kgのバックパックを背負った時は88±9.0 J/minと負担が大きくなる.当然ながら、バックパックが重くなるほど呼吸筋は疲労する.

この原因は胸壁のコンプライアンス(ひずみとそれを引き起こす外力との比)の機能低下に伴う胸郭の制限による.バックパックの帯の幅の広さや素材,帯を締める時のきつさ等によっても、努力性肺活量や1秒率に疲労が現れる早さが異なることが報告されている.

これまでの研究では,体幹部の筋肉、有意な負担を与え始めるターニングポイントはバックバックの重さが15kgであるが,これらの研究は主に平地での実験から導かれたもの.登山ではほとんど無整備の凸凹の多い山道や,急峻な坂道や岩場を登ったり下ったりする。

しかも、海抜1500m以上の標高からは低酸素による呼吸筋への負担が加わり始める。さらに,1日5~10時間は歩くのが通常の行程.これら登山の特性を考慮すると,ターニングポイントは15kgよりもさらに低くなることが予想される.

ウルトラマラソンで背負う荷物は登山よりも軽い(~20kg)が、走ることで負荷が増大する.着地の際には、一瞬ではあるが体重の約2倍の負荷が脚部にかかる。つまり、ウルトラマラソンでは体重+バックパックの2倍の負荷がかかる.走る際にバックパックが上下することで,歩行時と比較して胸部への圧迫も大きくなり,気管支周辺の浮腫・水腫や末梢の気道の閉塞などの発生率が高まる.

香港大学のトングは、バックパックを背負わなければならないスポーツでは、コアと呼吸筋のトレーニングを併用して行うことの重要性を指摘している.コア・トレーニングをする場合は,上肢の拳上や左右への伸展では吸息を速く,下降や屈曲の際は呼息をゆっくりするなど,上肢の動きと呼吸を同期しながら行うとよい.

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山地 啓司

山地 啓司

1965年卒 立正大学法制研究所特別研究員 
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