科学エッセー(26)2時間を切るための条件(マラソンコース)

「シューズ」「風」「傾斜」ペースアップの条件を探る

東京マラソンは2017年にゴール地点を東京駅前に変更した.

従来のコースはゴール地点が臨海地域のため、短い橋が幾つもあってスピードの波に乗れないことや、海からの風が強いなどの弱点があった.

コース変更に伴って後半の高低差が少なくなり,ゴール地点が交通の便の良い東京駅近くになったことで選手,役員やボランティア,観衆等の集合と離散が便利になった.

 

2018年のレースでは、高岡寿成(カネボウ)が持つ2:06:16の日本記録を、設楽悠太(Honda)が16年ぶりに5秒更新する2:06:11で走った.

もし従来のコースで走っていたら、恐らく日本記録の樹立はなかったであろう.

 

国際陸連(IAAF)の規則では「公認コースは一般道路を使用し,スタートとゴール地点が異なる場合には①スタート地点とゴール地点との直線距離がマラソンの距離(42.195km)の1/2以内でなければならない②スタート地点とゴール地点の標高差は-42m以内でなければならない」と定めている.

伝統のボストン・マラソンは、スタート地点のボストン郊外からゴール地点のボストン市街地までがマラソンの距離の半分をはるかに超えるため,現在は非公認コースとなっている.

 

世界の著名な大都市マラソン大会(ロンドン,ベルリン、シカゴ、ニューヨーク,東京など)はいずれもその優位性を競い合っている.

最大の争点はまず記録である.続いて比較的平坦で走り易く飽きないコース,ペースメーカーの存在,賞金の額(優勝,新記録等のボーナスなど),市民ランナー・ボランティア・マスコミなどの評判等である.

 

このような要因の中でも大会の評価を決定的に高めるのは、レースコースで世界記録が生まれることである.新記録樹立は特にインパクトが大きい.

そのためコース特性が非常に重要となる.

 

世界記録樹立数が突出しているのはベルリン・マラソンである.2018年にキプチョゲが樹立した現在の世界記録(2:01:39)を始め,世界歴代のマラソン記録の上位7位までがベルリンで生まれている.

10位以内の数ではベルリンが計8名で,8位のロンドンと10位のドバイ(各1名)とは大きな開きがある。国別の内訳ではケニアが6名、エチオピアが4名となっている.

 

女子に関しては、女子単独レースと男女混合レースの世界記録はいずれもロンドン・マラソンで樹立されている.

ロンドンのウィメンズ大会が女子単独でも最も多い.大都市のマラソン大会は東京マラソンなどのように男女混合の大会が多く,同じ都市で男子と女子の2つの大会が開催されることは少ない.

 

なぜベルリン・マラソンで世界新記録が量産されているのであろうか.決定的な要因は平坦で走り易いことにある.

いったんこのような評判が世界に広がると,世界のトップランナーたちがこぞって世界新記録を狙って集結する.

ベルリン・マラソンはスタートからゴールまでの標高差わずか25mと平坦である.

しかもそのピークは24~28㎞地点にあり,マラソンランナーにとって最も苦しく感じる30㎞以降は全体的に緩やかな下りのコースとなっている.

 

この上り下りの分岐点の28㎞はペースメーカーが離れる直前であり,勝敗を左右する大きな山場(勝負所)となっている.

2014年にケニアのデニス・キメットが世界記録(2:02:57)を樹立した時の平均スピード(5.72m/s)でみると(図1),28㎞地点のピークを過ぎてから下りを利用して一気にスピードアップ(~6.02 m/s)している.

その影響が出たのか、それとも勝利を確信したのか、35㎞を過ぎてからペースダウンしている(Hoogkamer et al,2017).

ほぼ同じような傾向が2018年にキプチョゲが世界記録を樹立した際にも認められる.ベルリンで2時間を切るためには、前半のペースを若干上げることと、35㎞からのペースダウンを避けていかにアグレッシブなスピードで走り切るかである.

そのためにはトップの選手を脅かすライバルの存在が不可欠となる.

 

Hookkamer et al(2017)は「2時間突破」のためとして3つの改善点を挙げている.

すなわち

  1. コースの高低差が小さく平坦であること
  2. 風向・風速に対するドラフティング
  3. シューズの軽さと機能の改善(図2)

である.

これだけのハイレベルでレースが行われる時代では、以上の諸点に加えてコース設計を抜本的に見直すことが望まれる.

IAAFの公認コース条件を満たした上で、風を避けるだけでなく利用する。そのためには、向い風が予想される地域では風をさえぎる防風林に囲まれたエリアを設け, 中間点以降はその風を逆に追い風にして走れる開放的な地域にコースを設置することである.

 

ただ、ランナーの後押しをするのは風だけではない.

観衆の声援も選手を勇気づける.

このため、好記録誕生が求められる大都市マラソンでは、風の恩恵と多くの声援が受けられる市街地にゴール地点を敷設することが欠かせない条件となる.

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山地 啓司

1965年卒 立正大学法制研究所特別研究員 
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