陸上競技のルーツをさぐる38

「走幅跳」の歴史<そのⅣ>

19世紀末の英米の各種陸上競技大会における「走幅跳」の競技方法と記録

19世紀後半から行われ始めた各種・各年齢層別に行われる陸上競技大会の走幅跳の記録は、今日と比較すると極めてレベルの低いものでした。「近代陸上競技」の原点・出発点に当たると思われる1864年3月5日の「第1回オックスフォード大対ケンブリッジ大対校戦」に優勝したオ大のF.・グーチの記録は18フィート(5m48)にすぎず、2年後に行われた66年の「第1回英国アマチュア選手権大会」の優勝記録は、ケ大学生のR・フィッハーバートの19フィート8インチ(5m99)でした。

 

同じ頃、米国でも「ニューヨーク陸上競技クラブ(NYAC)」が主催する大会に多くの若者が参加するようになり、76年に行われた「第1回全米アマチュア陸上競技選手権大会」の優勝記録はニューヨーク文化学院のI・ファラッツアーが出した17フィート4インチ(5m28)で、後発の米国が英国に遅れを取っていたことが分かります。

 

その後、記録は飛躍的に向上します。20フィート(6m09)の壁を破ったのは、66年の「第2回オックスフォード大対ケンブリッジ大対校戦」で20フィート4インチ(6m19)を跳んで優勝したT・リトル(ケ大)でした。

 

70年代になると記録はさらに向上し、74年にはJ・レーン(アイルランド・ダブリン大)が173cmの短身ながら23フィート1インチ1/2(7m05)を跳んで優勝し、初めて7mの壁を破りました。

 

81年の「第2回全英陸上競技選手権」で走幅跳と走高跳の2種目に優勝したP・デイブン(アイルランド)は、83年8月に芝生の助走路に引かれた白線の後方から跳躍するという方法で23フィート2インチ(7m06)の記録を出して当時の世界最高記録を更新しました。

一方、米国陸上競技界では、86年にM・フォード(ニューヨークAC)が23フィート3インチ(7m08)を跳び、先輩格の英国人選手の記録を越えました。

 

この大会から「踏切線(ファール・ライン)」を助走路側に横幅4フィート(1m22)、縦長8インチ(20.32cm)、深さ4インチ(10.16cm)の「踏切板(take-off  board)」を埋め込んで跳ぶという方法が「ルール」として初めて導入されました。この「踏切板」の規格は、国際陸連(IAAF)の規則がメートル制に統一された今日でもほぼ同じ大きさのものが使われています。「踏切線」をわずかに越えただけで「無効試技」になる計測の方法は、100年を越えた今日も踏襲されて生き続けています。

ところで、人間の前方への跳躍能力を単純に競い合う場合、実際は踏切線でなくても実測が可能ならどこから踏み切っても良いはずです。この厳しい規則を守り続けている根拠は何か。太古の昔、小川や溝を跳び越す時、「踏切線」より前から跳ぶことは、小川や溝に落下したのと同じと見なした「名残」だと思われますが、いかがでしょうか?

 

試技数と順位の決定の方法

フィールド種目の試技数や順位決定の方法については、黎明期の1868年に出版された英国のH・ウイルキンソン氏著の『近代陸上競技(Modern Athletics)』によれば、当時の大会運営が具体的に示されています。この中で走幅跳については、<まず出場選手は全員3回の試技を行い、記録上位の2名に限ってあと3回の試技を行い順位決定する>と述べています。

 

この形式は恐らく英国諸学校で大会が定着した当時は、「対校戦」・「対抗戦」が中心であったため、「優勝者」を決める事の方が最優先され、上位2名で雌雄を決する方法が採用されたものと思われます。投てき競技でも同様の方法が採用されていました。

 

その後、56年に初版が出版されたJ・ウオルッシュ氏編の『英国田園スポーツ便覧(A Manual of British Rural Sports)』第5版(78年発刊)を見ると、はじめに出場者全員が3回の試技を行うところは60年代と同様ですが、<上位の優秀者3名がさらに3回の試技を行い、上位者3名は、全体として6回の試技を行って順位を決定する>となっています。

前回(37)の図版資料③で示したように、「英国陸連(AAA)」が設立された1880年当時のフィールド種目に認められた「試技数」と「順位決定方法」については、「16条ルール」が原点だと思われます。「16条ルール」には上記の『田園スポーツ便覧』とほぼ同様の方法が示されていて、この頃に現行規則の基礎が固まったと推測されます。

以下次号

 

写真図版の説明と出典

  1. 「19世紀末の走幅跳の様子。(エール大、L・シェリダン)砂場や踏切板などに注目」
    『Track Athletics in Detail』(1896) p.69 Harper Round Table in Interscholastic  Sport編 (Harper & Brothers 社)
  2. 「1898年の全英選手権で7m18の記録で優勝したW・ニューバーン(アイルランドAC)の跳躍の様子。跳躍場や砂場、踏切板などに注目」
    『Athletics (The Badminton Library・第7版)』(1904)M・Shearman著 p166 Longmans, Green, and Co. London
  3. 「19世紀末の英国での走幅跳の様子。(大会名・選手名・記録等は不明)砂場や踏切板などに注目」
    『The Complete Athletic Trainer』(1913)p166 S. A. Mussabini著 Methen & Co. Ltd
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岡尾 惠市

岡尾 惠市

1960年度卒 立命館大学名誉教授
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