陸上競技のルーツをさぐる35

走幅跳の歴史<そのⅠ>

走幅跳の英語での名称・呼称

連載(28)で述べたように、走幅跳は前方への跳躍動作であることから「Leap」の部類に入ります。

19世紀中葉に近代陸上競技種目として位置付けられて以来の英語の名称・呼称を調べると、最も古い文献のひとつ、1834年のウオーカー氏著『英国男性の身体訓練(British Manly Exercises)』では「Leaping」という見出しで説明しています。

「幅跳」と「高跳」を合わせた「跳躍種目」全体を表す名称です。

走幅跳を「the Long Leap with a Run」と表記し、立幅跳を「the Long Leap without a Run」と紹介。いずれも「Leap」の語を使っています。

 

その後、英国のパブリック・スクールから大学まで各年齢層で実施される1860年代に入ると、なぜか走幅跳は「Jumping」の部類に入れられるようになります。「Long Jump」と呼ばれるようになり、この頃から「Jump」の語が使われ始めます。

今日の陸上競技会の出発点となった1864年の「第1回オックスフォード大対ケンブリッジ大対抗戦」では「Long Jump」が使われ、2年後に開催された「アマチュア・アスレチック・クラブ(AAC)」主催の大会では「Long Running Jump」でした。

 

さらに、80年に開催された「第1回英国選手権」では「Broad Jumping」で、1908年のロンドン五輪で「Running Broad Jump」が正式名称でした。20世紀に入って出版された多くの指導書では、英国では主として「Long Jump」で、米国では「Broad Jump」と表記されました。

 

日本では明治初期の1870年頃から各種学校の運動会・記録会・競技会で実施され始めますが、長らく「長飛」と呼ばれました。ほかにも「疾走幅飛」や「幅飛」などと言われ、「跳」よりも「飛」という漢字が当てられました。1920年代以降には、現在も使われている走幅跳という用語が定着しました。

 

走幅跳の発生と古代オリンピア競技における走幅跳

人間が直立二足歩行を始め、獲物を追い求めて野山を駆け巡るようになって以来、必要に迫られて川や沼沢地、溝などを跳び越え、またぎ越す動作はごく自然な形で行われてきました。

こうした生活の中での前方へ跳躍動作は、高い場所へ跳び越える動作よりも古く、より生活に密着した形で用いられていたことは容易に想像されます。

 

今から約3200年もの昔、紀元前12世紀頃には既に行われていたとされる古代ギリシア「祭典競技」の種目には立幅跳や走幅跳が行われていた形跡が数多く存在します。しかし、走高跳が存在していたという痕跡はほとんどなく、このことを雄弁に物語っています。

 

古代史学者のN・ガーディナー博士は、1930年代に著した『古代社会の競技(Athletics of the Ancient World)』で、走幅跳はオリンピア祭典競技「五種競技(Pentathlon)」種目中の人気種目だったと指摘。努力の必要な種目とみなされていたこともあって「身体訓練所(Gymnasia)」でも非常に重要な位置付けをされ、訓練されていた」と述べています。

 

当時の走幅跳は現在と違い、図版のような1kgから4.5kgもある石や金属の「重り(Halteres)」を持って跳んだため、若者の身体トレーニングに役立ったと考えられていたようです。

 

オリンピア競技での走幅跳がどのようなものであったのか。古代ギリシアの遺跡で発掘された遺物、跳躍選手の姿が描かれた絵壺や絵皿から浮かび上がってきますが、走幅跳はもちろん、立幅跳も競技化されていたことが分かります。

 

ガーディナー博士はこの著書で、絵壷・絵皿等のほか実際に競技場跡から出土した重り等を示しながら、当時の競技方法について考察しています。それによると、図版のような石や金属の重りをそれぞれ左右の手に持ち、リュート(笛)の伴奏に合わせて競技をしていました。

 

今日の踏み切り板に相当する「パーテル」と呼ばれる固い踏み台が用いられていました。実際の遺物が発掘されておらず、これが木製であったのか石製であったのかは未だに分かっていません。着地付近の地面は「スカマ(Skamma)」と呼ばれ、今日の砂場のように柔らかく掘り返されて、着地跡がわかるように水平に地ならしされていました。

 

跳躍距離は今日のメジャーに相当する「丈(Rod)」で測定されました。選手の跳躍結果は、「杭(くい・Peg)」を立てて目印にしていたとされます。図版の選手の足下にある3本の「杭」は、この選手の前に跳躍した選手の着地点を示したものでしょう。

<以下次号>

 

写真図版の説明と出典

  • ①「大英博物館所蔵のアッチカ黒絵壷に描かれた古代競技における走幅跳の様子」
    『Athletics of the Ancient World』(1930  p150 E. N. Gardiner著(Oxford at the Clarendon Press)
  • ②「1984年ロス五輪開催記念の収蔵品展示会場にて。大英博物館展示室にて筆者撮影。「石製の重り(左)」
  • ③「金属製の重り(右)」
  • ④「走幅跳に用いたさまざまな重り」『①と同上書』p146
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岡尾 惠市

岡尾 惠市

1960年度卒 立命館大学名誉教授
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