ボクシング界が大混乱

強権的な言動でアマチュアボクシング界を支配

強化費不正流用、不正判定疑惑の山根会長辞任

テレビのワイドショーや情報番組で連日、この人の顔を見ない日はなかったですね。日本ボクシング連盟の山根明(やまね・あきら)前会長です。選手強化費の不正流用や判定疑惑だけではなく、反社会勢力との交際が明らかになったことで辞任を発表しましたが、混乱が収まる気配はありません。開催国統括団体の不祥事は、2020年東京五輪へのボクシング競技の参加を危うくしかねない。日頃は注目されることの少ないマイナー競技団体に何が起こっているのか。

 

サングラスのこわもて。「男、山根明」「歴史の男なんです」といった発言が、いちいち芝居がかっている。森友学園の蓮池泰典夫妻もユニークな存在でしたが、今回もそれに劣らない関西発の特異なキャラクターです。こういう人物が日本のスポーツ組織のトップの座に就いていたのは驚きですが、日大アメリカンフットボール部の問題や、女子レスリングのパワハラ事件などの例もあります。強権的な言動でアスリートや組織を支配する人物が、日本のスポーツ界には少なからず存在しています。

 

前会長は8月8日に辞任を表明しましたが、いったい何を辞めるのか不明でした。会長なのか、理事なのか。あるいは会員もすべて辞めてボクシング界から足を洗うのかと思えば、翌日は一転して「無冠の帝王として死ぬまでアマチュアボクシングに関係していく」と今後も影響力を行使していくと言わんばかりの威圧的な発言でした。1週間たってようやく、関西連盟など残る役職からも完全に身を引くことを表明しましたが、いかにも対応が遅かった。

 

 

表面化しなかったのはマイナー競技だったから?

今回の出来事を整理してみると、先月下旬に都道府県連盟幹部や元選手ら333人の「日本ボクシングを再興する会」が山根会長らの不正をスポーツ庁などに告発したことが発端でした。①選手への強化費を当該選手以外の2人と3等分させた不正流用②「奈良判定」と囁かれていた不正判定疑惑③チーム経費などの使途不明金問題④暴力団組長との交際などさまざまな疑惑が指摘され、自らが暴力団員との交際を認め、強化費の不正流用も「親心」でやったと悪びれるところがない。「奈良判定」や経費の不正使用など大半の疑惑には「何も悪いことはしていない」と反論しました。

 

これだけの不祥事が今まで表面化しなかったのも不思議なことです。マイナー競技の狭い世界での出来事だったため、メディアの取材も甘くなっていた面がある。サッカー、陸上、水泳といった注目競技なら、ここまで大きな不祥事に発展することはなかったでしょう。公的団体としては異常なポスト「終身会長」に就任したのが6年前。日本オリンピック委員会(JOC)やスポーツ庁はなぜ問題にしなかったのか。知らなかったはずはありません。

 

力の源泉はトラブル解決能力

もうひとつ不思議なのは、日本協会の理事、会長に上り詰めるずっと以前から、山根氏が世界の統括団体内で存在感を発揮していることです。通常は、国内連盟の海外担当などの役職で世界へ出て行くものですが、それより先に当時の国際連盟会長夫人に気に入られて影響力を行使し、国内での地位を急速に高めたと言われています。

 

このあたりの経緯はよく分からないのですが、前会長が好きだという映画「ゴッドファーザー」がヒントになりそうです。初めは組織の小さなトラブルをうまく解決し、徐々に大きな問題をクリアして信頼を勝ち取っていく。ボクシングの場合は判定の問題などで海外に顔が利くかどうかで結果が変わってきたこともあって、国内の役員たちが一目も二目も置くようになったようなのです。

 

「イエスマン」の側近が独裁助長

映画のなかでも有能な片腕が経理面や法律面で実務を取り仕切ってボスを支えていましたが、今回のボクシング連盟もそっくり同じ構図です。記者会見やテレビ出演もしている弁護士の吉森照夫(よしもり・てるお)専務理事と経理担当の内海祥子(うつみ・しょうこ)常務理事の存在がそれです。吉森専務理事は東大法学部卒でボクシング部主将だったそうで、山根前会長の片腕として組織を取り仕切ってきた。他の理事や地方連盟の幹部の多くは高校の教員ですから、やくざの親分みたいな会長と超エリートの元東大キャプテンのコンビには手も足も出ない。

 

経理を握っていた内海常務理事も、強化費3等分の際には、本来なら全額受け取るべき成松大介(なりまつ・だいすけ)選手を脅し、すかしで丸め込んでいます。不正判定問題でも、音声データで審判の存在について「正しくやっちゃうといけない。そのために会長が審判を集めているんだから」などと本音を漏らしている。

 

そんな常務理事を、吉森専務理事は「彼女はボクシングを非常に愛している。辞めてもらいたくないと思っている」と擁護。とても弁護士とは思えない対応です。会長に最も近いこの2人の罪は重い。専務理事は、前会長が反社会的組織の人間と付き合っていたことを知らなかったと言っていますが、刑事裁判も担当した経験も豊富で、その種の人物に通じている弁護士が知らないはずがない。「イエスマン」の側近が独裁を助長したことは明らかです。

 

世界王者の村田選手もSNSで批判

プロボクシングの世界チャンピオン、村田諒太選手がフェースブックで山根会長を批判するコメントをしています。村田選手はもともと奈良県の出身で、山根前会長からすれば子飼いの選手。前々回のロンドン五輪で金メダルを獲得した際に、山根前会長の息子が急きょ決勝戦のセコンドを務めた。試合は最終3ラウンドで相手のホールディングによって村田がポイントを獲得し、僅差の逆転勝ちというきわどい試合でした。

 

これが「山根マジック」と呼ばれた前会長の影響力というのがボクシング界の受け止め方。1964年東京大会以来48年ぶりにもたらされた金メダルが、独裁政権の足固めになったと言われています。試合後は、山根前会長から「金メダルは俺が取らせた。会長のおかげと言え」と強要されたそうですが、村田選手が実力でメダルを獲得したことは明らかです。村田選手はのちに「敵はリングの外にいた」とコメントしています。

 

三迫ジムと契約したプロ入りの際も、村田選手を国際連盟傘下の新設プロ団体へと画策していた前会長の怒りを買い、理事会で「引退勧告処分」を科されています。村田選手がフェースブックで「そろそろ潔く辞めましょう。古き悪しき時代の人たち」と批判したのは、一連の動きに強く反発しているから。「再興する会」には加わっていませんが、前会長の攻撃にさらされてきただけに、ボクシング界の立て直しには人一倍思いが強いでしょう。

 

 

五輪競技から除外の恐れも

2年後の東京で、ボクシングが五輪の実施競技から外されるのではと言われています。それは、世界統括団体の国際ボクシング協会(AIBA)自体に問題があるためで、国際オリンピック委員会(IOC)はAIBAの組織運営に重大な懸念を表明しています。審判買収による疑惑の判定が何度もあり、買収疑惑を持たれたAIBA会長が辞任。後継者としてウズベキスタンの麻薬王と言われる人物が会長代行になったこともIOCが問題視しています。

 

山根前会長はそのウズベキスタン人と親しいことを公言してきた。開催国の統括絵団体トップが国内外で反社会的勢力と結びつきがあるとなれば、五輪実施競技から外す口実にされかねない。ここまでの状況になった以上、JOCは各競技団体の自主性を尊重しつつ、積極的に介入して立て直しを図るべきです。

 

民主的で選手本位の組織運営を

ただ、現理事の大半は山根シンパでしたから、このままでは正常な組織運営は難しい。「日本ボクシングを再興する会」も実務能力に疑問符が付く上、海外での人脈はゼロに等しい。しかし、たとえ非力でも、新しいメンバーが民主的でしっかりとした組織運営を目指して汗を流す以外ない。外部から組織運営のエキスパートを招くことも選択肢になるでしょう。再建は容易ではないでしょうが、やるしかない。

 

日本のアマチュア競技団体は、それぞれのスポーツに関わってきた人たちがボランティア的に支えてきました。これほど極端ではなくても、他の多くのスポーツ団体でも上意下達、パワハラ的な組織運営が行われていないか。アスリートがものを言えないような雰囲気があるのではないか。近づく東京五輪を前に、このような前近代的体質と決別し、いまこそ「アスリートファースト」で民主的な組織に改めていくことが求められています。これこそが東京五輪の遺産、レガシーの一つになるべきだと考えます。

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船原 勝英

1974年度卒 筑波大学陸上競技部OB・OG会幹事長 
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