エッセー(4)伸張-短縮サイクルトレーニング

かつて、摘出された筋肉の収縮効率は約25~30%と考えられていた.

ところが,1964年アメリカのDr.Cavabna et alはランニング効率がそれよりも15~20%高くなることを発見し,その原因が着地の際に大腿四頭筋や腓腹筋が引き伸ばされ,その時蓄えられた弾性エネルギーが離地時の筋収縮に再利用されることによると仮説を立てた.

 

翌1965年に同博士は,“弾性エネルギー再利用”に関する論文を発表し,自らの推論が正かったことを実証した.後にこの研究はフィンランドのDr. Komiに受け継がれた.(多くの日本人がKomiの下で研究し,そこで学位を取得した者も少なくない).

今日では,伸張-短縮サイクル(stretch-shortening cycle: SSC)を強化するトレーニングはSSC trainingとかプライオメトリック・トレーニング(plyometric training)と呼ばれ,ランニングのス

トライド長や経済性を高める有効なトレーニングとして普及している.

 

弾性エネルギーの利用は生活の中でも無意識に体験している.

例えば,椅子に腰かけた時,腰かけて間髪を入れずに立ち上がるとあまり力を要しないが,一息入れて同じ姿勢で立ち上がろうとするとより大きな力が必要になる.

前者は座った時に蓄えた弾性エネルギーをただちに利用するのに対して,後者は弾性エネルギーを一息ついている中に散逸するからである.

 

また,垂直跳びを行う際にはスクワット姿勢から一気にジャンプするのが一般的なルールであるが,中には1度軽くジャンプしてから引き続いてジャンプする者がいる.

後者はルール違反であるが前者に比べ2~5cm高くジャンプすることができる.

これは軽くジャンプした時に蓄えた弾性エネルギーを再利用したからである.

 

この弾性エネルギーは,着地時にアキレス腱と足底筋(アーチ)の腱に運動や位置エネルギーが摘出された筋肉に比べ約35%と約17%多く蓄えられたものである.

この両エネルギーの蓄える大きさには個人差が大きい(俗に,バネが“ある”,“ない”と一般に言われる).

 

これは,個人による筋線維の種類とその割合,脚の伸展の速度と大きさ,完全に脚が伸展して収縮するまでの時間差,筋-腱単位の硬さ(stiffness),大脳の活性水準(やる気)などの違いによる.(ここで言う筋の硬さ(stiffness)とは反発力を支える硬さで,疲労によって筋が硬くなり痛みを伴う硬さ(soreness)とは異なる).

 

長時間のランニング,例えば,マラソンでは筋疲労に伴って弾性エネルギーも減少するので,それだけ努力度が増す.

Dr.Komiの研究グループがマラソン前・後の弾性エネルギーの低下を報告している.

この報告では,座位(長座)の姿勢でそりに乗って滑り降り(傾斜角度約25度),一番下の圧力板に足が付いた瞬間、衝撃を和らげながら来た方向に強く蹴り出す「SSCそり・ジャンプテスト法」によって脚筋(ヒラメ筋と内側広筋)の反発力を調べた結果、弾性エネルギーがマラソン前に比べ10~17%低下し,脚の蹴り出しの速度が約10%低下した.

これは筋の放電量が約20~30%減少したことに原因することを突き止めた.

 

すなわち,マラソンによる筋疲労が脚の伸展反射(蹴り出しの力)や筋の硬さの弱まりが,ストライド長の短縮やランニングの経済性を低下させたとみなした.

従って,これらの低下を防ぐためにSSCトレーニングは不可欠である.

 

SSC トレーニングに使われる道具にはボックス(短距離選手は高さ40~50cm,長距離選手20~30cmを用いる)やハードル(短距離選手は高く,長距離選手はミニハードル)を用いる.

ボックスの場合にはドロップジャンプの要領でボックスの先端から真下に落ち,大地に着いた瞬間素早く前方のボックスにジャンプする.

 

ある学会で400Hの為末大氏の講演を聞いたことがある.

彼が東海大でトレーニングしている時,高野監督から「ボックス間を広く開けるように」と指示されたがその理由が判らない,と話していた.

その理由は,高跳びの選手は垂直方向の運動であるが走る動きは水平方向の動きである.

従って,着地した瞬間可能な限り(動きが崩れない程度で)水平方向に跳び上がることが望ましいためであろう.

 

筆者が新潟にいる頃、秋に選手を直接指導してほしいと言う依頼があった.

チームの中に3000m障害の選手がいた(3年生).彼の特徴は2000mからstiffnessが弱まり,ハードルや水濠を超える度にエンジンをかけなおさなければならなかった.

そこで,筋のstiffnessを強化するために一冬かけてサーキット・トレーニングを週2~3回徹底して実施した.

 

その中には,300mのトラックを10kgのシャフトを肩に担ぎ水平方向に歩幅を大きく広げスキップ,競歩(腕を大きく振りストライドを伸ばす),砂場での30秒間のもも挙げ(砂場はやわらくしておく),前後開脚のスクワット30回,20回連続のバウンディング(可能な限り水平方向への歩幅を広げる)などを3回(1セット)×3~5セットを行ったところ,翌年の春からめきめき力を発揮し、秋の全カレ初出場で5位入賞(8’50’’)をはたした.

 

ただし,チームの中で(約15名)翌年自己新を更新した者は数名に過ぎず,全員に効果があったわけではない.けが人は少なくなった.

 

バーベル(約10kg)を肩に担ぎ,100~200mの連続スキップを行う.

水平方向大きくストラドを伸ばしながら全力疾走する

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山地 啓司

1965年卒 立正大学法制研究所特別研究員 
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