陸上競技のルーツをさぐる29

走高跳の歴史<そのⅡ>

体育や訓練の手段としての走高跳

前号で述べた世界各地の民族競技とは別に、走高跳は近代に入ってから体育の教材として若者の跳躍能力向上に資する強化・訓練の手段として採用されてきた歴史がありました。しかし、高さを競うために練習すべきとされながら、バーまたは一定の高さに張られたひもの上を飛び越す空中の姿勢にも制約がありました。両脚を閉じて膝を曲げ、胸を張って両手は上方に伸ばし、姿勢を正して跳び越える。着地に際しては、今日の体操競技のように姿勢を崩さないことが求められました。

当時は砂場が準備されていなかったため、着地時のショックをやわらげて安全に着地することが必須条件だったのです。さらに、一連の跳躍の中で高さを競うだけでなく、優美・軽快・華麗な動作が求められました。身体のバランス能力を養うことにも力点が置かれていたわけで、走高跳は身体訓練を目的とした種目だったと考えられます。

 

また、1834年にD・ウオーカー氏が著した『英国男性の訓練(British Manly Exercises)』や1869年発行のA・マクラーレン氏著の『A System of Physical Education, Theoretical and Practical』等の体育書をみると、この時代には軍事訓練の一環として『上方に跳び上がる動作(leaping)』として、陸上競技種目の走高跳や立高跳のほかにもいくつかの動きが紹介されています。助走をつけて、あるいは直立状態から素早く腕を使って塀や城壁、樹木等の手の届くところをつかんで跳び上がる、跳び乗る、よじ登る、跳び越える等の動作です。これを『leaping』の範疇に入れ、訓練項目に組み込んでいました。

こうした項目の名残は、現在の走高跳、棒高跳のルールにも残されています。これらの種目ではバーを越えられずにその下をくぐり抜けた場合、1回の「無効試技」とカウントされます。バーと地面が作る架空の垂直面が、かつての塀や城壁面だと考えれば、このことは納得できるでしょう。

 

陸上競技の走高跳の始まりと、18世紀初頭の記録

近代陸上競技の組織が生まれた英国では、19世紀中葉には公園や牧草地で行われていたクロスカントリーレースや障害物競走を学校内のグランドに持ち込み、今日のような陸上競技大会の形式に近づいてきました。走高跳は、走幅跳や棒高跳、投てきの各種目と同様にフィールド種目の一つとして欠かせない種目となっていきました。

 

1884年にE.リトルタン卿が中心となって編集・発刊された『50 Years of Sports at Oxford Cambridge and the Great Public Schools』は、19世紀中葉から20世紀初頭にかけて、オックスフォード大やケンブリッジ大、パブリック・スクールの英国各大学・学校で行われていたスポーツ活動や記録を掲載している冊子です。そこには1860年代のハロー校やイートン校で行われた走高跳の記録が詳しく掲載されています。

イートン校の大会は1861年、H・トンプソンという生徒が、5フィート(1m52)を跳んだと記録されています。当時の15・6才の生徒の記録としては、かなり優秀なものだったのではないかと考えられます。

 

同書によれば、翌年の優勝記録は5フィート4インチ(1m62)、63年には5フィート5インチ(1m66)と記録が更新されています。名門のイートン校でも64年から走高跳が陸上競技種目に加えられましたが、この年の記録は4フィート10インチ(1m49)にとどまっています。イートン校からはかなり見劣りする水準だったようです。

こうした流れの中で、走高跳は1864年3月5日に行われた「第1回オックスフォード大対ケンブリッジ大定期対校戦」に走幅跳とともに組み込まれ、跳躍種目として認知されることになりました。この時の優勝記録はF・グーチ(オックスフォード大メルトン校)の5フィート5インチ(1m66)でした。

 

さらに2年後の66年3月23日のロンドン・ビューフォート・ハウス・グランドで「アマチュア陸上競技クラブ(AAC)」の主催による「第1回アマチュア選手権大会」では、

T・リトルとJ・ルーベル両選手(ともにケンブリッジ大)が5フィート9インチ(1m75)を跳び、ともに優勝者として記録されています。当時はまだ順位決定の仕組みなどが整備されていなかったものと思われます。

以下次号

写真図版説明と出典

  • ①「姿勢を質した「走高跳」の図」<バーに目印の布が付いている図に注意!>
    『A System of Physical Education Theoretical and Practical』(1869)
    Archibald Maclaren 著 p190 (Oxford Clarendon Press)
  • ②「バーを掛けて左足で右側に跳び越す跳躍練習の図」
    『①と同上書』p191
  • ③「高所に飛び上がる跳躍練習」
    『①と同上書』p189
  • ④「塀へのよじ登り、飛び上り跳躍練習の図」
    『British Manly Exercises―10th edition-』(1857)D・Walker著 P42 (H・G・Bohn)
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岡尾 惠市

岡尾 惠市

1960年度卒 立命館大学名誉教授
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