◎原爆ドームの横を走った聖火
西村 充(1970年卒)
1964年9月20日に山口県の柳井市を出発した聖火は、同日午後には広島県に入り、今の大竹市を経由して広島県庁へ到着しました。原爆投下から19年。広島市は人口50万人の大都市として復興していました。
平和の灯を守り続ける広島の人々が迎えた聖火は、平和を願うシンボル、原爆ドームの横を通過して進みます。当時、基町高校2年生だった私は、警察の白バイの先導で学校に近い広島県庁前からの2㎞を走りました。随走ランナーは基町高校生で、親友だった門前君(元広島カープの門前正人監督の息子)も加わっていました。
県庁前には母校の生徒、教員全員が応援に来ていました。見守った群衆は1万人に達したそうです。聖火ランナーの練習は3回くらいやった記憶があります。トーチは重く感じることはなく、1kmを10分くらいのペースで走ったので疲れもあまり感じなかったですね。聖火の引き継が終わると、みんなで学校へ帰りました。
広島市内を走る西村充さん
聖火は広島市内から十日市を右折して北東方向の三次市へ向かいました。三次市は、2年先輩だった最終走者の坂井義則さんの出身地だったからと言われています。三次市を経て、聖火は島根県へ向かいました。
大学で恩師となる古藤高良先生が、広島県でも聖火リレーの責任者として予備のトーチを持って車で並走しておられました。残念ながら、そのときの写真は見つかりませんでした。