— コロナとエビデンスと以心伝心 —

難しいかじ取り コロナ禍の東京マラソン開催

6つの世界主要大都市マラソンで構成する「ワールド・マラソン・メジャーズ」のひとつ、東京マラソン(一般社団法人東京マラソン財団)理事長を昨年9月で退任した伊藤静夫さん(1972年卒、名古屋高=愛知)に、コロナ禍で難しいかじ取りを強いられた任期中の思い出を語ってもらいました。後任は、大会ディレクターとして長らくレースの成功を支えてきた早野忠昭さん(1981年卒、口加高=長崎)です。

別掲で、適切な身体活動がコロナなど感染症予防や罹患後の回復にも大きな効果があることなどをまとめた論文(寄稿へ🔗)を、理事長時代の経験を踏まえて伊藤さんが紹介しています。興味深い内容ですので、ぜひご一読を。(F)

 

— コロナとエビデンスと以心伝心 —

東京マラソン財団理事長の思い出

伊藤静夫(1972年卒、800m)

振り返れば、2018年に理事長に就任してからの5年間はコロナ渦で終始した。2020年3月1日に予定した東京マラソンの準備がほぼ整った2月下旬、突然降って湧いたコロナで一般の部は中止に追い込まれた。以来、国内外さまざまなスポーツ活動が制限され、スポーツ関係者の苦悩が始まる。

私は日本体育協会スポーツ科学研究室で40年以上を過ごした。研究職の習い性で、事に当たってはまず文献に当たってみる。それでわかったことは、欧米を中心にかなり早い段階からコロナ感染症の実態がビッグデータをもとに多角的、学際的に研究されていること、そしてそれらの結論は、運動不足こそが今回の感染症の重症化リスクや死亡リスクを高めているということであった1),2),3)。身体活動を制限するコロナ対策とは矛盾する。ポストコロナの社会を見据えれば、運動やスポーツの意義を今一度考え直すべきとの意を強くした。

コロナとスポーツイベント開催に関しても、興味深い研究があった。2022年サッカーW杯カタール大会開催をにらみ、地元の研究者がいち早く研究に着手していた。その結論は、屋外で行われるスポーツでは、サッカーのようなコンタクトスポーツでも予防措置を講じれば感染リスク、重症化リスクは極めて低くなるというのである4)。この結果が大会開催に如何に反映されたかは知る由もないが、ともあれW杯は無事開催された。

一方日本社会では、スポーツ再開はかなり遅れた。上記にあげたようなエビデンスに関心が及ばなかったのかも知れない。反面、メディアでは「エビデンス」が声高に叫ばれた。怪しげなウィルス学者が、怪しげなエビデンスを振りかざす。皮肉にも、エビデンスへの信頼が失墜したのもこの時期であった。

そんなとき、客観的エビデンスとは異なりはなはだ情緒的ではあるが、私にとって陸上競技部OBOGの励ましは誠にありがたかった。例を挙げると、2年先輩で当時関東学連会長の有吉正博さんは、東京マラソンに先立って正月に箱根駅伝を開催しなければならない立場にあった。恐る恐る電話をしてみると、同じ悩みを持つ様子が察せられ、声を聞いただけで何となく安心した。東京マラソンと同じ開催日の鹿児島マラソンを采配していたのが、1年後輩の当時鹿児島陸協理事長の山方博文君である。電話口であの懐かしい鹿児島弁を聞くと、それだけでなぜか勇気づけられた。

こうした感情はなかなか説明しづらい。同じ釜の飯を食った仲間だからなのか、少なくとも私にとって、科学的エビデンスよりこの以心伝心の声が何よりの支えになったのである。私の理事長としての思い出は、何と言ってもコロナのことであり、そしてこの以心伝心の励ましであった。この場を借りて、改めて多くの皆様に御礼申し上げたい。

 

1) Sallis R, et al. (2021) Br J Sports Med.

https://www.researchgate.net/publication/350862890_Physical_inactivity_is_associated_with_a_higher_risk_for_severe_COVID-19_outcomes_A_study_in_48_440_adult_patients#fullTextFileContent

2) Yates T, et al. (2021) Int J Obes.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7909370/pdf/41366_2021_Article_771.pdf

3) 伊藤静夫. COVID-19と身体運動 (2021;財団内部資料)

4) Schumacher YO, et al. (2021) Br J Sports Med.

https://bjsm.bmj.com/content/bjsports/55/19/1092.full.pdf